ガーデンプロジェクト

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あの巨木を倒せ!

著:Y.A

「いつもと同じだ。この空気が淀むような感覚。肌に嫌な膜がまとわりつくような……」

 空を見上げれば、吸い込まれるような晴天であった。
 いかに空に浮かぶ島とはいえ、これほどまでの晴天はそう滅多にない。
 我ら、翼を有する翼人にとっては嬉しい天気のはずなのだが、島の空気は淀んでいるように思える。
 湿度も低く濡れているはずはないのに、手に持つ短槍がベタベタしているような感覚を覚える。
 勿論気のせいなのだが……。
「お役所仕事が売りの《導書院》にしては、素早い対応で助かったな」
 俺は、隣にいる相棒に声をかける。
 相棒は若い鉱人で、見た目は俺と同じくらいに見えるが、年齢は十以上も上だ。
 鉱人やエルフってのは、人間や他の亜人に比べると長生きな分、成長が遅い。
 子供である期間も長く、だから鉱人である相棒と翼人である俺は一緒の時間をすごすことが多かった。
 所謂、幼馴染というやつだ。
「ライル! とっとと切り込もうぜ!」
「ボックス、お前は俺の話をちゃんと聞いていたか?」
「聞いてたけどよ! もう待ちくたびれたぜ!」
 相棒の方が年上なのに、こいつは若いというか、気が短いというか、物事を一秒でも早く片付けようとする傾向があって困る。
 通常の掃除スイープならともかく、今回の仕事はデリケートな対応を求められているのに。
「俺たち流にシャドウツリーを始末するのは、《植樹の森》の奥でいいじゃねえか。あそこにはいい広場がある」
 相棒、一応自分なりの作戦は立てているようだな。
 だが、今回は安全策でいくぞ。
「まどろっこしいな! 今から突入でいいじゃねえか!」
「お前なぁ……どうせ《魔の眷属》と化したシャドウツリーは俺たちに向かってくる。ここで迎え撃てば、植樹したばかりの若木を踏み荒らして、《導書院》の連中に嫌味を言われなくて済むだろうが」
 この島はアーケイン・ガーデンの近くに浮かぶ結構な大きさの島であり、大半が森となっている。
 定期的に植樹と伐採が行われ、アーケイン・ガーデンに木材を供給する役目を担っていた。
 だが、常に樹木は不足している状態だ。
 大昔のように大地で林業ができれば樹木不足もここまで深刻じゃないはずだが、現実には林業に使える土地は限られている。
 木は育つのが遅いし、もう一つ深刻な問題があった。
 それは、時おり樹木が《魔の眷属》と化してしまうことだ。
 定期的にその地に淀んだ魔力が魔石と化し、それを取り込んだ樹木が《魔の眷属》と化す。
 奴らは器用に根を動かして移動をおこない、その枝を振り回して様々な生物を殺し、そこからも栄養を取る。
 それほど強い《魔の眷属》ではないが、巨木ならば枝を振り回すだけで脅威となる。
 鈍器で殴られた以上のダメージだからだ。
 加えて、こいつはただの樹木の時と同じく、地面からも水分と栄養を吸うから生命力が強くてしぶとい。
 動物系の《魔の眷属》とは違って、シャドウツリーは枝を切り落としても痛みを感じないから、それで攻撃が鈍ることもないのだ。
 そこを見誤って大怪我をしたり、最悪命を落とす冒険者は多かった。
 上級者なら余裕で相手をできるが、初心者から中級者になりかけの冒険者はこいつらに不覚を取りやすい。
「今日は臨時メンバーもいるんだ。安全策でいくぞ」
「まどろっこしいなぁ」
 お前なぁ……その臨時メンバーがすぐ隣にいるんだから、ちょっとは空気を読めよ。
 と思いながらそいつを見ると、彼はえらく緊張しているようだ。
「おい。今からそんなに緊張していると、体が保たないぞ」
 相棒もちょっと口が悪いだけで悪い奴じゃないから、本日臨時で俺たちのパーティに加わった若者に気を遣うくらいはできた。
 彼は新人というわけではなく、中級冒険者の入り口に入りかけたくらい。
 まだ二十にもなっていない人間の若者であった。
 《導書院》の連中から、ちょっと面倒を見てくれと頼まれて一緒にここに来ている。
 彼は火の魔術を得意とする魔術師で、先ほどから杖型の魔導器を所在なげに弄っている。
 そうすることで気を紛らわしているのであろう。
 《導書院》の連中によると彼は優秀な新人冒険者にして魔術師だそうで、初心者としての期間は順調に実績を積み重ねてきた。
 今日からは中級冒険者としての実績を積むべく、俺たちに同行しているわけだ。
 こんな研修みたいな任務断ってもいいのだが、俺たちは《導書院》の連中に気を遣わねばならない事情があるから仕方がない。
 これでも俺たちは、それなりに実績を持つ冒険者なのだ。
「お前さんの実力なら、シャドウツリーに殺される心配はほとんどない。勿論油断は大敵だが、あまり緊張するなよ」
「はい」
「ライルは真面目だよな」
 真面目というか、お前がそういうフォローを一切しないから、自然と俺の役割になっているんだよ。
「来るぞ!」
 今まで気安い口を利いていた相棒の表情が普段とは違うものとなる。
 俺も腰にぶら下げた簡易式《魔導盤》を確認すると、その目盛りが回り始めた。
「《導書院》からの情報だと、何体いるんだ?」
「四体から七体くらいだと聞いている」
「相変わらず適当だな」
 適当は言いすぎで、最初の情報よりも《魔の眷属》が増えていたなんて珍しい話じゃないからな。
「まあいい。新入り、シャドウツリーはそんなに早く動けないから、距離を置いて攻撃しろよ。はあ……お前、火の魔術師かよ……まあ、しゃあねえ」
「えっ? 私に何か不都合でも?」
「いや、お前さんが気にすることじゃない。俺たちだけの特殊な事情なんだ。ほら、来たぞ!」
 森の奥から、待ち望んでいた獲物が姿を見せた。
 シャドウツリー。
 森の木が、《魔の眷属》と化したものだ。
「本当に、木が歩いている!」
 慣れないと不気味な存在だ。
 樹木が器用に根っこを動かして歩くのだから。
 速度は人間が歩くスピード程度だからそんなに素早くないが、常識では動かないはずの木が動くのだから、初見の人間は衝撃を受けやすいのだ。
「枝に薙ぎ払われるなよ。必ず距離をおけ」
「はい!」
「まあ、俺たちが前に出るからそういう事態はないと思うがな」
 根っこを足のようにして歩き、近寄る者はすべて枝で薙ぎ払う。
 攻撃を食らって動けなくなった標的は、憐れ今度は本来の役割に戻った根っこによって水分や栄養を吸われてしまう。
 シャドウツリーの犠牲者を何度か見たことがあるが、どれもミイラみたいに干からびていた。
 ああいう死に方はしたくないものだ。
「ライル! 俺は行くぞ!」
「標的は森の外に出た。好きにしろ」
「好きにするぜ!」
 相棒のボックスが、得物のバトルアックスを構えて飛び出した。
 それとほぼ同時に、俺も空からシャドウツリーへと向かう。
投射キャスト!」
 早速後方にいる魔術師君が、火球の魔術を放った。
 《導書院》の連中が有望株だというだけあって、なかなかの速度と大きさだ。
 狙いも正確で、火球は先頭にいたシャドウツリーに命中し、大きな火柱に包まれた。
 接近されて枝を振り回されれば脅威となるシャドウツリーだが、所詮は樹木なので火には弱い。
 火球が命中したシャドウツリーは、動きを止めて激しく燃えていた。
「ちくしょう! だから火の魔術師なんて嫌なんだ!」
 飛行している俺の真下で、ボックスが大声で文句を言う。
「なら、俺たちだけでなるべく多く倒すしかないな」
「言われんでも、そうするわ!」
 俺とボックスは、火炎に包まれた仲間を避けるように森から出てきたシャドウツリーを標的にする。
「いくぞ! 投射キャスト!」
 腕に装着した革製のバックラーと一体になった魔導器から、風の刃を連続して発射する。
 威力よりも狙いを重視した風の魔法により、標的にしたシャドウツリーの枝を次々と切り飛ばしていく。
 枝をすべて失えば、シャドウツリーは攻撃手段をなくしてしまうからだ。
「おらぁ―――! パワーショット!」
 大半の枝を切り飛ばされたシャドウツリーに接近したボックスが、渾身の力で得物のバトルアックスを振るった。
 鉱人である彼の怪力、高名な鉱人の鍛冶師がオーダーメイドで製作した業物のバトルアックス、そしてこのバトルアックスにも小型の魔導器が装着されている。
 短い詠唱とともに、バトルアックスを振り回した反対方向に風が噴射され、攻撃力が増すだけの簡単なものであったが、これら三つが重なったボックスの一撃は驚異的な威力を発揮する。
 彼の一撃で、シャドウツリーは根っこと幹を一撃で切り離された。
 ただの木材となってしまったシャドウツリーは地面に倒れ、あとはそのまま死を待つのみである。
 生命力が強いシャドウツリーであるが、根っこと幹を切り離されてしまえば水分も吸えなくなるので、あとは死ぬしかないのだ。
 枝を切り落としたのは、最後の抵抗で枝を振り回して犠牲者が出るケースが多いからでもある。
「まずは一本!」
「一頭か一匹じゃないのか?」 
「抜かせ! シャドウツリーは大切な材木じゃねえか!」
 せっかく植樹して育てた樹木がシャドウツリーになるのは頭が痛い問題だが、このような方法で倒せば木材として再利用が可能だ。
 ボックスが火球を使う魔術師君に対して苛立っているのは、火で燃やしてしまうと材木として再利用できないから。
「ああっ! あの若造が二本目を燃やしやがった!」
 あの魔術師君、思ったよりもやるみたいだな。
 もう二本目のシャドウツリーを火柱に変えていた。
「ライル! 急ぐぞ!」
「そうだな」
「ちくしょう! シャドウツリーの数が、《導書院》の情報よりも多いのが救いだなんて!」
 結局、森から出てきたシャドウツリーは九体。
 やはり、事前の情報よりも増殖していた。
「お前らも、静かに材木になれぇ―――!」
 俺が上空から風の魔術で枝を切り落とし、ボックスがバトルアックスによる一撃で根と幹を切り離していく。
 一撃で人の胴ほどの木が切り倒されていく光景は、いつ見ても凄いな。
 なるべく長い材木に加工できるよう、切り離す部分を低くしてパワーショットを放つのも凄い。
 鉱人ってのはただ怪力なだけじゃなく、器用でもあるからな。
 でなければ、優秀な技術者や職人にはなれない。
「五体か……ああ、残りの四体は黒焦げだぁ……」
 ボックスは、魔術師君がコンガリと焼いてしまったシャドウツリーの前でガックリと肩を落としていた。
 それでも、一人で四体のシャドウツリーに止めを刺したのだ。
 並の冒険者にできることではない。
「あの……私は何か悪いことでもしたのでしょうか?」
「いや、そういうわけじゃないんだ。そうだ、シャドウツリーの魔石は幹の上部に埋まっていることが多い。確実に回収してくれ」
「そうですね。急ぎ回収します」
 若い魔術師君は、無事に初めてのシャドウツリー討伐を終えられたので安堵の表情を浮かべた。
 彼はきっといい冒険者になると思う。
 だが、俺たちとパーティを組む機会はもうないであろう。
 彼の性格や能力に問題があるわけじゃない。
 これは、ただ単に相性の問題なのだから。




「こらぁ! 俺たちに中級者研修を任せるのはいいが、火の魔術師は寄越すなって言ってんだろうが!」

 掃除スイープを終え《導書院》の多くの冒険者たちでごったがえすカウンターで任務終了の報告をしたのだが、やはり我慢できなかったようでボックスが受付のマグナスを怒鳴りつけていた。
 やはり、シャドウツリー四体が黒焦げになった件が許せなかったのであろう。
「すいません、ボックスさん。でも、彼は将来有望な冒険者であり、二級魔術師ながらも……」
「それはわかってらあ! でもな! 相性の問題があるじゃねえか!」
 ボックスも、彼の優秀さは認めているようだな。
「ボックスさんとライルさんが、一番信用できるんですよぅ」
 おい、マグナス。
 そんなに可愛い声を出すな。
 最近、マギーという愛称を広められつつあって不満らしいが、そんな声を出すからだぞ。
「大体、最初の情報とシャドウツリーの数も違うじゃねえか」
「シャドウツリーは、魔力が溜まると急速に増殖しますからね。でも、そこまで脅威ではありませんし……」
「なら、お前が掃除スイープに行くか?」
「すいませぇん」
 だから、その声は止めろって。
「シャドウツリーの魔石を九個。確かに確認しました。それで、素材の方ですけど……」
「全部持って帰るからな」
「いや、あの……極一部に、ボックスさんたちが木材を独占しすぎているのではないかという意見もありまして……」
「どこのどいつだ! 俺とライルが命張って掃除スイープしているんだぞ! 材木が手に入らなきゃ、俺たちは冒険者なんてしねえよ!」
「ひぃ……すいません!」
「ボックス、マグナスも上から言われて仕方なしに言っているんだ。そこは察してやれ」
「ライルさぁん……」
 いやだから、その声は止めろっての。
「俺たちが初級を抜け出られた冒険者の面倒を見ているのは、討伐したシャドウツリーの素材を入手できるからだ。魔石については、ちゃんと全部《導書院》に売却しているじゃないか。報酬も臨時メンバーながらもちゃんと均等に分割している。その辺を上に言っておいてくれないか?」
「そうですよねぇ……はい、確かに承りました」
 最近、材木問屋とでも結託しているのか?
 《導書院》の連中がうるさいな。
 大体、俺たちがシャドウツリーなどの討伐を専門にしているのは、なかなか入手し辛い材木を優先的に入手できるからだ。
 よく他の冒険者たちからもっと強い《魔の眷属》の討伐で稼げばいいのにと言われるが、俺たちの本業は、ボックスが大工、俺は鳶だからな。
 空を飛べる翼人にとって高い場所での作業は天職で、手先が器用な鉱人は物作りに適している。
 こう見えて、ボックスは腕のいい大工なのだ。
「ライル、早く焦げた木材をどうにかしようぜ。芯まで黒焦げじゃないことを祈るってやつだ」
「少しでも材木が取れればいいな」
「おうよ。マグナス、次は風の魔術師にしてくれよ。枝を切り落とせと頼めば済むんだから」
「可能な限り希望には添うようにしたいと思います」
「期待しないで待っているぜ」
「酷いですよぉ……ボックスさん」
 まあ、当てにはできないのだろうが、それをマグナスに言っても始まらない。
 報告と清算を終えた俺たちは、そのまま自宅へと戻るのであった。




「おかえりなさい」
「カエラ。いつも弁当を済まないな」
 冒険者としての仕事を終えた俺たちは、急ぎボックスの自宅へと戻る。
 この地域には職人や技師が多く住み、俺の自宅もボックスの家の数軒隣にあった。
 勝手知ったる他人の家とばかりにボックスと共に家に入ると、そこには彼の隣の家に住む鉱人の娘カエラが出迎えてくれた。
 カエラは鉱人なので、背が低くとても可愛らしい容姿をしている。
 実はボックスよりも一つ年上なんだが、あまりそうは見えない。
 これは鉱人女性特有の特徴で、その幼く可愛らしい容姿のせいで他種族の特殊な嗜好の持ち主に絶大な人気があった。
 俺は幼馴染だという思いが強くて、女としては興味がないがな。
 第一俺は、背が高くて大人で、スタイルがいい女性が好きなのだから。
「親父は現場か?」
「そうだよ。納期ギリギリみたいで忙しそう」
「材料がねえってのに、早く建てろってうるさいよな」
 現在、アーケイン・ガーデンは深刻な住宅不足にある。
 いや、正確には建築資材不足か。
 特に材木と石材の不足は深刻で、だから俺たちは冒険者までして材木を確保しているのだ。
「ボックス、今日はどうだったの?」
「五本はまともなのを確保した。四本は黒焦げだから、削ってみないとわからねえ。明日には届くと思うから」
 今日確保したシャドウツリーの素材は、明日ここに届く予定だ。
「ちょっと在庫の余裕ができたのかな?」
「本当にちょっとだけだぞ。昨日今日の材木がすぐに使えるわけないのに、人様の材木置き場を見て『これだけあるならもっと早く家を建てろ』とか、うるさいったらねえぜ」
 切り倒したばかりの木がいきなり使えるはずもない。
 長ければ何年も乾燥させて、木の歪みを全部出してから材木として加工しないと、あとで建てた建造物が歪んでしまうからだ。
 素人にはその辺が理解できないから、ボックスの家の材木置き場を見て『もっと早く家を建てろ』とか言い始める。
 あそこに置いてある材木の大半は、まだ使い物にならないわけだ。
「まあまあ、ボックスもライルも無事に帰って来れたのだから」
「明日からは、親父の手伝いもしないとな。ダンキーの親父も、うちの親父の手伝いだろう?」
「そうだよ」
 カエラの親父も大工であり、ボックスの親父とは親友同士だ。
 共に早くに奥さんを亡くしており、同じ境遇ゆえに余計に仲がいい。
 ボックスの家は男所帯のため、隣に住むカエラが両家の家事を担当していた。
 親父二人は、ボックスとカエラを結婚させたがっている。
 カエラも、毎日この家に入り浸ってボックスの面倒をよく見ていた。
 ほぼ毎日弁当を作ってもらっており、俺もそのお零れにあずかっているわけだが、俺は間違いなくオマケだろうな。
 ただ一つ問題があって、カエラは誰が見てもボックスのことを好きだとわかるのに、肝心のボックス自身がそれにまったく気がついていなかった。
 奴の鈍さは驚異的で、あいつはカエラを仲のいい幼馴染としか見ていなかったのだ。
「明日は、素材の確認をしてから現場の手伝いだな」
「ボックス、明日もお弁当を作るからね」
「すまねえな」
「ライルの分も作るね」
「ありがとう、カエラ」
「幼馴染なんだから遠慮しないで」
「そうだぞ、ライル。俺たち三人は幼馴染じゃねえか」
 それは事実なのだが、そろそろいい加減カエラの気持ちに気がついてやれよと、俺は思ってしまうのであった。

「ライル、火の魔術師ってのはよぉ……」
「ほほう、才能があるって《導書院》が言っていたのは事実か」
 翌日早速届けられた材木のうち、火の魔術師君がコンガリと焼いてしまったものを調べてみる。
 すると、大分奥まで焼け焦げており、使える部分が少ないとボックスが嘆いた。
 焦げた部分を斧で削りながら、ボックスが愚痴り続ける。
「絶対に、俺たち二人だけの方が効率いいぜ」
「だがそうすると、材木を《導書院》が懇意にしている問屋に持っていかれるぞ」
 そもそも、本業が大工と鳶である俺たちがヤクザな冒険者稼業に身を染めているのは、優先して材木を手に入れられるからだ。
 自分たちで討伐しているから優先権があり、その優先権は中級入り口で将来有望な冒険者にシャドウツリー討伐を経験させているから得られているのだ。
 もし彼らの受け入れを拒否すれば、確実に割り当てられる材木は減ってしまうであろう。
 《導書院》は、懇意にしている材木問屋に販売した方が儲かるのだから。
「風の魔術師が一番いい。ライルのように枝を切り飛ばせるからな」
「俺にはそのくらいしかできないからな」
 俺に魔術の才能はあまりなく、風の魔術でシャドウツリーの枝を切り飛ばすくらいだ。
 実は冒険者として一番の得意技は、昨日は使わなかったが、短槍を使った上空からの攻撃なのだから。
 翼人は飛べるから、比較的手薄な上空からの攻撃に特化していた。
「最近《導書院》の連中が、もっと強い《魔の眷属》を狩れってうるさくなったな」
「俺たちは、それなりに実績があるからな」
 兼業冒険者にしては、俺たちは実績がある方だ。
 だから、中級冒険者向けのシャドウツリーばかり相手にしないで、もっと強く厄介な《魔の眷属》を掃除スイープしてほしいのであろう。
「前提が間違っているっての! 俺たちは本業が大工と鳶だってのによ!」
 素材の入手が困難で本業に支障が出たから、俺たちは決意して冒険者になったのだ。
 家を建てるのに使える素材が獲れない《魔の眷属》の掃除スイープなんて、あまりやりたくない。
 そういうのは、他のもっと実績があって稼ぎたい連中に任せればいいのだから。
「向こうの都合なんて知ったことか。俺たちはちゃんと掃除スイープをこなしているんだ」
 昨日得た材木のチェックを終えた俺たちは、本業に戻ることにした。
 現在、ボックスの親父が経営する工務店が家を建築中であり、カエラの親父が手伝い、俺の親父も鳶で現場に入っているところで、そこに手伝いに行くわけだ。
 ボックスも俺も、若手の中では腕がいい方だと評価されている。
 だが、長年大工や鳶として活動してきた親父たちに比べればヒヨッ子のようなものだ。
 冒険者稼業とは違って親父たちの手伝いか下働きが精々で、いつの日か俺もボックスも一人前の大工と鳶だと認められたいものだ。
「ボックス、行くぞ」
「おう」
「待って、ボックス、ライル」
「どうかしたのか? カエラ」
「《導書院》からお使いの人が来ているわよ」
「すいません。ちょっと相談したいことがありまして……」
 ボックスの家の玄関の前には顔馴染みの若い職員が立っており、俺たちは急遽《導書院》へと向かうのであった。



「数日中に、シャドウツリーが発生するであろうと告知がありまして……」
 《導書院》の奥にある小さな会議室へと通されると、そこにはマグナスが待ち構えていた。
 どうやら、シャドウツリーの発生が告知されたようだ。
「マグナス、ちょっと発生周期が早くないか?」
 そうポンポンと、植樹した木が《魔の眷属》になるはずがない。
 普通は数か月に一度だが、アーケイン・ガーデンの周辺にある島で木が生えていない島は少ない。
 結果的に、一~二週に一度くらいは掃除スイープの仕事が回ってくる。
 大半はシャドウツリーだが、稀に巨岩が《魔の眷属》と化すこともあった。
 石材入手の大きなチャンスなのだが、これは一年に一度あればいい方だ。
 《導書院》の連中の説明によると、生物である木とは違って、石が《魔の眷属》になる可能性は低いのだそうだ。
「これは告知なので……」
「発生周期もそうだが、通常のシャドウツリーが出現する程度で告知が出るものなのか?」
「そこなんですよ」
 つまり、通常のシャドウツリーよりも強い《魔の眷属》ということになる。
「鎮守の森の巨木とかな」
「可能性は高いですね」
「本気かよ?」
 ボックスは冗談で言ったようだが、マグナスの目は本気であった。
「あの森にある巨木は、伐採禁止だったよな?」
 大昔にアーケイン・ガーデンを見守るような位置にある島に植樹され、既に樹齢は数百年を超える。
 巨木が多いので切り倒して材木にしたいと願う者が後を絶たなかったが、もし勝手に切り倒すと重罪なので手を出す奴なんていない。
「あの巨木が、シャドウツリーと化したら脅威ですよね」
 それはそうだ。
 あの巨木の枝で殴られたら、マグナスだと即死だろうな。
「それで、いつ《魔の眷属》と化しそうなんだ?」
「正確な日数まではわかりません」
「なんでい、役に立たない告知だな」
「ボックスさん、シィ―――」
 マグナスが慌ててボックスの口を塞いだ。
 《導書院》のお偉いさんにでも聞かれたら困るだろうからな。
「そこで、野営をしていただき、発生まで待機していただこうかと……」
「なんでそんな面倒なことをしないといけないんだよ。俺は現場があるっての! 親父も忙しいんだからよ」
 確かに、待機で数日は嫌だな。
「上級で腕の立つ連中に任せてしまえばいいじゃないか」
「ライルさん、材木はいらないのですか?」
「マグナス、俺を騙せると思うなよ。あれほどの巨木、問屋連中が黙って見ているはずがないだろうが」
 あの巨木を柱にすれば、かなりの巨大建造物の建築が可能だからな。
 きっと、かなりの値段がつくであろう。
 俺たちに回してくれるはずがない。
「というわけで、今回は縁がなかったな」
 俺とボックスは、マグナスを置いて部屋を出ようとした。
「待ってください! 他の信用できるパーティは、みんな他の任務でスケジュールが埋まっているんですよ!」
「それは珍しいな」
「まあ、ボックスさんとライルさん以外は引き受けてくれないかもですけど」
 いくら巨木でも、シャドウツリーは中級のカテゴリーに入る《魔の眷属》だ。
 中級パーティには危険で、上級パーティだと実入りが悪いから嫌がられる。
 だから、材木集めが最優先の俺たちに白羽の矢が立ったというわけか。
「なら、倒したシャドウツリーの材木は貰えるわけだな?」
 そこは確認しておかないとな。
「構いません」
「なら引き受けるぜ」
 ボックスは、二つ返事で了承した。
 確かに、あの巨木が手に入ればもっと沢山の家が建てられるからな。
 《導書院》の連中、どうせ金に目が眩んで俺たちが得た材木を転売すると踏んでいやがるな。
 だが、それは甘い考えだ。
 大工バカのボックスが、いくら大金を積まれても首を縦に振るはずがない。
「ボックスが引き受けるというから俺も問題はないが、さすがに二人だと手に余るかもしれない相手だな」
「それは我々も承知しています。そこで、期待の若手冒険者を紹介いたしますとも」
「なんでい、また中級者研修かよ」
「野営なので、人手は多い方がいいと思いますよ」
 マグナスの意見は正しく、俺たちは臨時メンバーを受け入れて巨大なシャドウツリー討伐任務を開始するのであった。




「すいません。ボックスさんのお宅はこちらでしょうか?」
「誰だ?」
「《導書院》のマグナス……じゃなかった。マグナスさんからの紹介で……」
「おう! 入れよ!」
 翌日鎮守の森がある島に出かけるので、俺たちは一旦準備のために家に戻ったのだが、そこに一人の少年が尋ねてきた。
 マグナスが言っていた臨時メンバーのようだ。
「グレイ・アクスターと言います」
 人間の少年は、年齢は十六~七であろうか?
 《導書院》の推薦だから、なにかしら光るものがあると見ていいのであろうか?
「ボックス・ビルボーだ。こいつは相棒のライル・スカイフリー。俺は斧使いで、ライルは翼人だから飛べて、風の魔術が使える」
「地上と空ですか。理想的なパーティですね」
「マグナスから聞いているんだろう? 変わり者だって」
 俺とボックスは腕がいいのにほぼシャドウツリーの討伐しかしないから、冒険者たちの中では変わり者扱いであった。
 同じ危険を冒すなら、もっと稼ぎがいい《魔の眷属》を狙った方がいいという意見だな。
「俺はそうは思いません」
「ほほう、グレイ君は変わっているな」
 俺たちのやり方を否定しないなんて珍しい。
 他の冒険者の中には、俺たちを臆病だと批判する者までいるのに。
「冒険者稼業は不安定で危険です。だから本業があり、討伐方法を確立している《魔の眷属》しか相手にしないライルさんたちは堅実だと思います。冒険者を引退しても、本業で食べていけますからね」
「君は若いのに、しっかりしているのだな」
「そうだねぇ。ボックスの十倍しっかりしているよ」
 ここで、カエラが客人の分も含めてお茶を淹れて持ってきた。
「すいません、奥さん」
「聞いた、ボックス。私、ボックスの奥さんだって」
 カエラが物凄く嬉しそうだ。
 でも、二人の事情を知らないとそう見えるからな。
「グレイ! カエラは俺の幼馴染だ! 奥さんじゃねえ!」
「ぶぅ―――」
 ボックス、そこまで強く否定するなよ。
 カエラの機嫌が悪くなるじゃないか。
「すいません、ボックスさん。でも本当の夫婦に見えますよ」
「そう見えるのなら仕方がないよ」
 カエラの機嫌が戻り、切ってきた茶菓子で一番大きいのがグレイ君の前に置かれた。
 なんてわかりやすいんだ。
 そして、ボックス。
 お前はなんて鈍いんだ。
「カエラ、仕事の話だ」
「はいはい。わかったわよ」
 お茶とお菓子を置くとカエラは台所へと引っ込み、昼食の支度をしているようだ。
「それでだ。グレイ」
「はい」
「お前、使っている魔導器の系統は?」
「火ですけど……」
「のぉあ―――! またかよ!」
 材木が焼かれた悪夢を思い出し、ボックスが一人頭を抱えながら絶叫する。
 グレイ君は、火炎を放出する魔導器に、投擲に使えるタイプの小型魔導器も複数所持しているみたいだな。
「あれ? 悪かったですか?」
「いつものことだが、悪気はないんだ」
 俺は急ぎ、グレイ君に事情を説明する。
 最近、俺のフォローも板についてきたな。
「なるほどそうなのですか。でも、俺は剣で戦うのが主流で、魔術は苦手なんです」
「剣士か! いいぞ! お前とならいい仕事ができそうだな!」
 グレイ君が大火力を有する魔術師でないことを知り、途端に上機嫌になるボックス。
 現金なものだが、これならシャドウツリーの討伐も上手くいくかもしれないと、俺は密かに思うのであった。

「あっ、そうだ。お前、どうせ明日まで暇だよな?」
「明日の早朝から仕事ですから、予定は入れていません」
「ようし、お前、来い!」
 と思ったのに、ボックスは相変わらず空気を読んでいなかった。
 まだお昼前だからという理由で、今日せっかく挨拶に来てくれたグレイ君を引っ張り、現場へと向かったのだ。
「グレイ、その材木を運んでくれ」
「あっ、はい」
 グレイ君を家の建築現場に連れて来たボックスは、彼に下働きをさせ始めた。
 彼も真面目なのか、状況に流されやすいのかは知らないが、素直に材木運びなどをしている。
 言われたことをテキパキとこなす様子を見ると、案外大工としてもやっていけるかもしれない。
「グレイ君、あいつは悪い奴じゃないがバカだ。嫌なら素直に断った方がいいぞ」
 だが、ここでグレイ君が不快感を持ったら明日の討伐に影響が出てしまう。
 ましてや、彼は大工でも鳶でもないのだ。
 いきなり仕事を手伝わせていい法もないと思う。
「時間はありますから」
「そうだぞ、ライル。グレイは明日まで時間があり、この現場は納期が迫っていて猫の手も借りたい状態だ。グレイも日当を稼げるわけだから、これはお互いに利益がある話というわけだ」
「えっ? 日当が出るんですか?」
「当たり前だろうが! 家を建てる仕事ってのは大変だが、稼ぎは悪くねえんだぞ! 第一、後輩を無料ただ働きなんてさせねえよ!」
 突然連れて来られたわけだから、グレイ君も疑って当然だよな。
 ボックスは、一度くらいちゃんと人に断りを入れた方がいいと思う。
「昼飯と夕飯も出すし、グレイは今日泊まっていけ! カエラが明日も弁当を作ってくれる予定だ」
「ありがとうございます」
 臨時収入が得られると思ったようで、彼はボックスの強引な提案を受け入れてくれた。
 ボックスは強引な部分もあるが、面倒見はいいんだよな。
「ボックス、新人か?」
「おうよ。ただし、冒険者の方だけどな」
「今日一日でも手伝ってくれるとありがたいな。なんなら、このまま大工見習いとしてうちで働いてくれてもいいけどよ」
「すいません、俺は冒険者なので」
「冒険者って仕事は、若え者には魅力的なのかね?」
 現場を取り仕切るボックスの親父は、グレイ君と昼食を摂りながら一人首を傾げていた。
 一獲千金の部分は魅力的かもしれないが、人にはそれぞれ事情があるからな。
 俺からは何とも言えない。
「この食事、カエラさんが作ったんですよね?」
「おうよ。俺とボックスじゃあ、碌な食事が作れないからな。助かってるぜ」
 ボックス親子を放置しておくと、酒とツマミしか出てこない生活になってしまうからな。
 カエラの作る食事は、この親子の生命線でもあった。
 俺はお袋がまだ生きているから、家に帰れば飯くらいは出るのさ。
「あとは夕方までだな。グレイも頼むぞ」
「はい」
 昼食が終わった後も、グレイ君は真面目に働いていた。
「ライル、お前の方はどうだ?」
「俺はそれほど逼迫していないな」
 ボックスの質問に答えながら建設途中の家の屋根まで一気に飛び上がると、グレイ君が感心したように俺を見ていた。
「グレイ君は、翼人が珍しいのかな?」
「いえ、俺はアーケイン・ガーデンの出ですから、翼人はよく見ます。飛べるって便利だなって改めて思ったんです」
「そうか、人間はよくそう言うな」
「ライル、鉱人だって、エルフだって、他の亜人もみんなそう思ってら」
 翼人以外が空を飛ぶとなると、飛行艇や特殊な魔術に頼らないといけない。
 自前の翼だけで飛べる翼人が便利に見えるのであろう。
「そのおかげで、食いっぱぐれないのは事実だ」
 翼人は、飛べるという特殊技能のおかげで高い場所での仕事ならいくらでもある。
 人間や他の亜人にも鳶はいるが、翼人ほど稼げないのが実情だ。
 同じ仕事でも、終わらせる時間が全然違うからな。
 梯子や足場を作る費用と時間もバカにならず、それが必要ない翼人に多くの仕事がまわってくるのは当然であった。
「戦闘でも便利じゃないですか」
「三次元の動きができる点は便利だと思うが、呆気なく魔術で撃ち落とされたりすることもあるから一長一短だな」
 だが、飛べないよりは便利なのは確実だ。
 唯一の欠点は、人間よりも劣る力であろう。
 飛ぶために、翼人ってのは華奢な体の作りをしているからな。
 俺が短槍を使用しているのも、通常の長さの槍が重くて扱えないからだ。
「鉱人は頑丈で力はあるが、移動速度が遅い。人間は平均的でいいと思うけどな」
「でもそれって、器用貧乏じゃないですか?」
「いいじゃねえか。弱点もなくてよ」
 暫く話をしてから、俺たちはまた作業に戻った。
 グレイ君が手伝ってくれたおかげで、明日からシャドウツリーの討伐に出かけても親父たちが困らないくらいには予定を進められた。
「グレイ君、夕食だよ」
「カエラさん、泊めていただいた上に食事まですいません」
「こっちこそ、ボックスが色々と振り回してごめんね。あいつ、一度こうと決めたら頑固だから」
「とてもいい人だと思いますよ」
「いい奴なのは確かなんだけどね……」
 その分、超絶に鈍いがな。
 こうして今日一日も無事に終わり、いよいよ明日は特別な掃除スイープに赴くこととなる。




「ボックス、ライル、グレイ君。行ってらっしゃい」
 翌朝、俺たちはカエラが作った朝食を食べてからボックスの家を出た。
 鎮守の森がある島へと飛ぶ飛行艇の港で待ち合わせてもよかったのだが、無理矢理ボックスが大工仕事を手伝わせ、家に泊めた結果だ。
 そんなボックスに対し、カエラがグレイ君の分のお弁当も作って手渡している。
「遠慮しないで食べてね」
「ありがとうございます。カエラさんは料理が上手ですから喜んで。でも、わざわざすいません」
「二人分も三人分も手間は変わらないから気にしないで。三人とも、無事に帰ってきてね」
 そう言ってから、カエラは火打ち石を取り出して俺たちの前で火花を散らした。
 俺たちにはいつものことだが、グレイ君には馴染みがないようで興味深そうに火打ち石を見ている。
「随分と古い道具ですね」
 今の時代、火を点けるにも魔導器を使うのが当たり前だ。
 火打ち石なんて古い道具、そう滅多にあるものではない。
 確かこの火打ち石は、ボックスの家に代々伝わるものだと聞いている。
「昔のご先祖様の風習らしいの。この火花で悪いものを払いのけ、無事に戻ってこれますようにって」
「へえ、初めて聞きました」
「んじゃ、行くか」
 三人で飛行艇に乗り目的の島に到着すると、早速野営の準備を始める。
 告知にあった巨大なシャドウツリーは、実際に動き出すまでどの巨木がそうなるのかわからない。
 それがわからないから、俺たちは《魔の眷属》が動き始めるまで待機しないといけないわけだ。
「野営の準備も終わったし、飯でも食うか」
「いいですね。お腹が空きましたし」
 グレイ君もお腹が空いたようで、早速カエラが作ってくれたお弁当を食べることにする。
 メニューは、外でも食べやすいようにソースがついた肉と野菜をパンで挟んだサンドであった。
 簡単なメニューだが、このソースがカエラオリジナルの配合でとても美味しいのだ。
 他にもカットしたフルーツもあって、栄養には気を遣っていた。
 野営中なので、あとはお茶でも沸かして飲めば十分にご馳走の類だ。
 家に戻ればカエラが食事を作ってくれるから、むしろそちらに期待したいところだな。
「カエラさんって、料理が上手ですね」
「あいつも長いからな」
 カエラが褒められて嬉しかったのか?
 ボックスが妙に大人しい。
「本当に奥さんじゃないのですか? 恋人とか?」
「違うわ! 幼馴染だっての!」
「ですが、ただの幼馴染が毎日ご飯作ってくれますかね?」
「うちの親父とカエラの親父は、一緒に仕事をしているからだ。ついでに言うと、両家ともお袋が亡くなっていてな」
「そうだったんですか」
「いくら頑丈な鉱人でも病気には勝てない。もう十年以上も前の話だ。それからは、ずっとカエラが家事をしてくれるのさ」
 カエラは二つの家のお袋さん代わりというわけだが、グレイ君の言うとおりにただの隣の家の住民に飯作りやら掃除やら洗濯やらをしてくれる女の子っていないと思う。
 まだ知り合って間もないグレイ君でも気がつくほどなのだから、ボックスの鈍さは本物だ。
「そうなのですか。幼馴染ですか……」
 グレイ君は、少し暗い表情を浮かべて考え込んでいる。
 もしかすると、幼馴染関連で過去になにかあったのかもしれない。
「ふう、ご馳走さん。あとは退屈だが、動きだすのを待つしかないな」
「ご馳走さまでした。美味しい食事でしたね」
「自分で準備しないで済むという点もいい」
 冒険者をやっていて一番面倒なのは、食事の支度だと俺なんかは思うからな。
 食事を終えた俺たちは、早速監視態勢に入る。
 あとは、鎮守の森を監視しながらシャドウツリーが動きだすのを待つのみ。
 一旦動き出せば、《魔の眷属》たる奴らは、水分と栄養を吸い取れる俺たちに向かってくるという寸法だ。
 必ず二人は鎮守の森を監視し、あとの一人は休憩を取るという態勢に移行した。
「この鎮守の森の巨木のどれかが、シャドウツリーになるのですか」
「ワクワクしてくるな」
「えっ? どうしてワクワクするのです?」
 グレイ君は、妙に嬉しそうなボックスをまるで不思議なものでも見るかのような視線で見つめた。
「だってよ。こんな巨木が材木として得られるチャンスなんだからな。鎮守の森の木は伐採禁止で材木にはできないしよ」
「当たり前だ。捕まるだろうが」
 鎮守の森は、アーケイン・ガーデンができるのと同時に植樹された歴史がある。
 一種宗教的な意味合いの濃い森で、そこの木を切り倒せば確実に牢屋行きだ。
 水場があるリュイ島の樹木も、保水機能を果たしているので勝手に伐採すれば罰せられる。
 なかなか育たない木は、貴重な資源というわけだ。
「どの木がシャドウツリーになるかな? あれもいいな。これもいいな」
 いい材木が手に入れば、いい家が建てられる。
 ボックスは、鎮守の森に生えている巨木を品定めしていた。
「お前の希望と必ず合致するという保証もないがな」
「いいじゃねえか。暇潰しには最適だぜ。グレイもそう思うだろう?」
「俺は大工じゃないから、木にはあまり興味が……」
 なくて当然だろう。
 そんな変わり者、俺とボックスくらいだ。
「でも、あの木は大きいですね」
「あれは、鎮守の森で一番樹齢が古い木だからな」
 樹齢は確実に数千年、幹の太さは大人の胴回りの数十人分はあるであろう。
「太すぎて、ボックスのパワーショットでも一撃じゃあ無理だろうな」
「抜かせ、限界まで魔力を使えばいけるはずだ」
「あの巨木を一撃でですか?」
「俺のバトルアックスは、有名な名工による特注品だからな」
 加えて、付属している魔導器の補正もある。
 使用した魔力に比例した量の風を噴射して、バトルアックスの攻撃力を増やすだけの単純な仕組みだが、今までどんなシャドウツリーでも一撃で仕留めてきたのは事実であった。
 ただ、鉱人であるボックスは動きが若干遅く、背が低いので高所からの攻撃に弱かった。
 シャドウツリーを切り裂くためには至近まで接近せねばならず、それをフォローするのが彼の相棒である俺の役割というわけだ。
「いいコンビなんですね」
「本業でもライルとは一緒だからな。こいつはいい鳶なんだ」
「翼人には天職だって聞いています」
「高い所での仕事は、翼人が圧倒的に有利なのさ」
 自分で飛べてしまうから、ハシゴも足場も必要ない。
 落下事故なども滅多になく、同じ仕事を頼んでも時間と料金が少なくて済む。
 鳶だけではなく、高い場所での仕事は翼人が独占している状態だ。
「そんな俺たちがいい仕事をするためには、いい材木が必要となるわけだ。あの一番古い巨木がシャドウツリーとなったら万々歳だな」
「討伐の手間を考えると、決していい話じゃないと思うがな」
 他の巨木でも、十分な成果を得られるのだ。
 変に欲をかく必要はない。
 とはいっても、どの木がシャドウツリーになるのかなんて、神のみぞ知るであるが。
「でもよ。あの巨木はいい材木になるぜ」
「倒せたらな」
 手に負えなくて、応援を呼ばなければいけないかもしれない。
 もしそうなったら、材木は確実に《導書院》に持っていかれてしまうであろう。
「それはいただけない話だな。なんとしても俺たちだけで……「ボックスさん、その巨木なんですけど……」」
 グレイ君の顔が青ざめているように見える。
 彼の視線の先を見ると、森が動いていた。
 いや、鎮守の森で一番大きな巨木なので、まるで森の一部が動いているかのように見えたのだ。
「ボックス、お前の希望どおりになったな」
「やったぁ―――! あのシャドウツリーなら沢山材木が取れるぞぉ―――!」
 今までに見たことがないほど巨大なシャドウツリーを見たグレイ君の顔色は悪く、逆にボックスは無邪気に喜んでいる。
 さて、俺たちだけであいつを倒せるのか?
 いよいよ戦いが始まるのであった。
「ライルさん……」
「シャドウツリーはそこまで強くはない、が、決して弱くもない。ましてや、奴は鎮守の森で一番の巨木だった。油断するとああなる」
 グレイ君に対しレクチャーをしつつ、シャドウツリーへの接近を試みる。
 巨木である奴の足は異常に遅かったが、その足元には数匹の狼と猪が倒れていた。
 シャドウツリーの枝で薙ぎ払われて動けなくなり、その体に根の先が差し込まれていたのだ。
 獲物の胴体に太い根が刺さっており、徐々に水分と栄養を吸われていく。
 野生動物は人間や亜人よりも素早いが、それでも油断するとああなってしまう。
「加えて奴は巨木だ。振り回す枝は大量にある」
 その枝ですら、通常の樹木かそれ以上の太さと長さがある。
 下手に近づいて攻撃回避に失敗すれば、大ダメージを受けてしまう。
「どうすれば?」
「まずはこうする」
 三人は分散し、俺は上空から、グレイ君とボックスは地上からシャドウツリーを牽制する。
 早速枝を振り回してくるが、今までの経験に基づいて取った距離が正しかったようだ。
 枝の先端部分が届いただけであり、俺は短槍で、ボックスもバトルアックスで枝を切り払っていく。
 こうやって、徐々にシャドウツリーの攻撃手段を減らしていくのだ。
 つまり、枝を切り払って丸裸にしていくわけだな。
「そうだ。その調子だ」
 グレイ君も慎重に距離を縮めながら、自分に向かってくる枝を剣で切り払っていく。
 《導書院》が送り込むだけあって、剣の腕前はなかなかのようだ。
「根気のいる作業だが、こうやって慎重に枝を切り払っていけば安全だ」
 俺はバックラーの裏に装着してある魔導器から風の魔術を繰り出し、次々とシャドウツリーの枝を切り落としていった。
「なるほど、シャドウツリーは強くはないのですね」
「そう、厄介だが強くはない」
 シャドウツリーは、移動速度が遅いから簡単に逃げられる。
 攻撃手段が枝だけなので、それを切り落としてしまえば攻撃されない。
 生命力の強さは厄介だが、強力な火の魔術が使える者ならば焼き払ってしまえば簡単に倒せてしまう。
 俺たちのように材木が目当てならば、それ相応の実力は必要とするのだが。
「どんどん枝を切り落とせ!」
 ボックスの指示に従い、グレイ君は剣を使い、俺も短槍と風の魔術を用いて巨大なシャドウツリーから枝と葉を薙ぎ払っていく。
 丸裸にすればするほど、こちらは攻撃されなくなるという寸法だ。
 ところが、ここで一つ問題が発覚した。
「枝が太くて、全部切り払えないな」
 今までにない巨木のため、その作戦が完全に通用しなかったのだ。
 先端部分の枝はすべて切り落とせたが、幹に近い部分の枝は普通の樹木の幹並に太い。
 グレイ君の剣でも、俺の短槍と風の魔術でも歯が立たなかった。
「ボックスさんのバトルアックスでは?」
「いや、届かないだろう」
 鉱人であるボックスは背が低く、飛び上がって巨木の枝を斬り落とせるほどの跳躍力もない。
 ここで手詰まりになってしまう。
「ライルさん、俺たちの手に負えないのでは?」
「そうだな」
 材木は惜しいが、残っている太い枝を振り回してくる以上、ボックスが接近して根と幹を切り離すのは不可能だ。
 ボックスには、スピードが遅いという致命的な欠点がある。
 枝をすべて切り払って安全な状態にしなければ、シャドウツリーに接近するのは危険なのだ。
「それに、幹が太すぎませんか?」
「それもあるな」
 ボックスのパワーショットで断ち切れるかどうか、本人は自信あり気だが実際には怪しいところだ。
 今までに、これほどの巨木を相手にした経験はないのだから。
「ここは一旦撤退して、応援に火の魔術師を呼ぶか。マグナスもお前らだけでやれとは言わないだろう」
「ですよね」
 鎮守の森で一番大きな巨木が《魔の眷属》になるなんて、予想外だったのだ。 
 幸い、普段は人がいない森だし、こいつは巨木なので余計に移動速度が遅い。
 迎えの飛行艇が来るまで逃げ切ることは、さほどの難事でもない。
「ボックス、逃げるぞ」
「はあ?」
「いや、だから。あんな巨大なシャドウツリーは手に負えないぞ。応援を呼ぼう」
「嫌だ」
「お前なぁ……」
 人が命あっての物種だと言っているのに、ボックスの野郎、巨木から得られる材木に誘惑されやがって。
「あんな太い枝、切り払えるか! お前のスピードじゃあ、根元に到達する前に薙ぎ払われるぞ!」
 それで大怪我をしたり、死ぬ冒険者だって存在するのだ。
 俺は、絶対に討伐続行を認めないことを心に決める。
「バカ野郎! 樹齢数千年の巨木だぞ。すげえ建物が建てられるぞ」
「討伐に成功して生き残ったらの話だろうが! なにか作戦でもあるのか?」
「ある!」
 珍しく作戦があるなんていうから、つい一旦シャドウツリーから距離を置いて話を聞く羽目になってしまう。
「細かな枝はみんな切り落としてしまったんだから、残りの太い枝だけじゃ攻撃範囲が限られるじゃないか。一旦根元に潜り込んでしまえば、あとは俺のパワーショットで一撃さ」
「おい、俺はどうやってお前が根元に潜り込むのかを聞いているんだぞ」
「ライルが俺を抱えて飛ぶ」
「無茶言うなよ」
 翼人は一人なら速く飛べるが、重い荷物を抱えたままではスピードも機動性も失ってしまう。
 そんな状態では、簡単に枝で薙ぎ払われてしまうはずだ。
「お前の持っている魔導器を使うんだよ。リミッターを外してな」
「本気か?」
 俺の魔導器は、枝を切り払う風の魔術が出るように調整されている。
 何発も撃てるように威力を抑えているので、そのリミッターを外し、俺の腰に装着して風の魔法を推進力代わりに使うわけだな。
「俺の飛行が安定しないで地面に激突する危険性を考えないのか?」
「何年のつき合いだよ。ライルの力量くらい、俺は十分に把握しているぜ!」
「ボックス、お前……」
 この野郎、そう言われたらつき合うしかないじゃないか。
「俺も、パワーショットを使う時にリミッターを外す。あれだけの太い幹だからな。魔力は惜しまずに一気に行くぜ」
「お前も危険だぞ」
 膨大な推力を得た斧が暴れて、制御できないかもしれない。
 斧に振り回されて、腕の骨が折れたり、体ごと吹き飛ばされて大怪我をする可能性もある。
 なにより、シャドウツリーの幹の切断に成功しないと、力尽きた俺たちは奴に水分と栄養を吸われる餌となってしまう危険もあった。
「危険なのは百も承知。あの巨木を得て、いい家を建てるぞ!」
「俺も鳶だ。正直に言えばあの巨木が欲しい。つき合おう」
 俺も普段はボックスの抑え役に徹しているが、伊達にこいつの幼馴染はやっていない。
 あの材木で建てる家の屋根から見える景色は、どれだけ素晴らしいのであろうかと思ってしまった。
 こうなったら、もう撤退という選択肢は取れない。
「グレイ君、君はどうする? ここで君だけ撤退して応援を呼びに行っても構わないぞ」
「そうだな。これは俺たちだけで決めた無茶だからな」
 この無茶な作戦は二人だけで立てたもので、無理にグレイ君がつき合う必要はないのだ。
「いえ、つき合います」
「いいのか?」
「報酬もいいですし、お二人なら上手く行くと思うのです」
「報酬はいいだろうな。あいつについている魔石は大きい」
 多くの葉や枝が切り払われ、シャドウツリーの幹の上部には大きな魔石がついているのが目視できた。
 あれを売れば、かなりの稼ぎになるはずだ。
「俺たちは材木が一番の目的だから、グレイには魔石を売った報酬を弾むぞ。じゃあ、作戦だ」
 ボックスは、グレイ君にも作戦を説明する。
「とは言っても、そんなに難しい作戦じゃない。あいつの気を引いてほしいのさ」
 なるべく多くの枝が、グレイ君を警戒するようにしてもらいたい。
 その隙を突いて、俺たちが突入を開始するというわけだ。
「そのブーツについた小型の魔導器も使っていいからな」
「ボックスさん、これは火焔の魔導器ですよ。いいんですか?」
「構わねえ。枝も太いから惜しくないと言えば嘘になる。だが、あの幹に比べればな。思いっ切りやって、あいつの気を引いてくれ」
「わかりました」
 作戦も決まり、俺たちはそれぞれに動きだす。
「食らえ!」
 グレイ君はシャドウツリーに最接近し、枝による攻撃をかわしつつ、タイミングを見計らって小型の魔導器を投擲した。
 このタイプの魔導器は、着火してから投擲すると火焔の魔術が現れる。
 燃え上がった火焔により、何本かの枝が燃え上がった。
 シャドウツリーは悲鳴をあげないが、火を消そうと懸命に枝を振る。
 痛みは感じないシャドウツリーだが、自分の身が消失する危険のある火には敏感であった。
 グレイ君は立て続けに繰り出される枝をかわしながら、続けてもう一個小型の魔導器を別の枝に投擲した。
 燃え上がる枝が増え、さらにシャドウツリーの注意力を奪っていく。
「ライル、チャンスだぞ」
「わかっている。ボックスが重たいんだよ」
「お前の方が軽すぎなんだ」
「俺の重さは関係ないだろうが!」
 ひ弱で悪かったな。
 背は俺の方が高いのに、体重はボックスの方が重い。
 そんな彼を抱えながら上空を目指しているので、ゆっくりとしか上がれなかったのだ。 「もういいかな」
 シャドウツリーと距離を置き、高度も大分稼いだ。
 あとは目標に向けて滑空しながら、腰に装着し直した魔導器で風の魔術を発射する。
 尻から魔術を発射しているようで格好悪いが、これは仕方がない。
 それよりも、リミッターを外したのでとてつもない推力が出るはずだ。
 コントロールを誤り、地面に激突しないようにしないといけない。
「ボックス、行くぞ!」
「おう、いつでもいいぜ!」
 ならば、あとは行くのみだ。
「リミッター解除! 投射キャスト!」
 魔導器に蓄えられていたすべての魔力を使った風の魔術が発動し、俺とボックスはとてつもないスピードでシャドウツリーの根元を目指す。
「クソォ―――!」
 無茶をしただけあって速度は凄いが、少しでもコントロールを誤ったら地面に激突だ。
 俺はボックスを抱えながら、懸命に突入コースの維持を行う。
「ライル!」
「わかっている!」
 グレイ君は上手くやってくれているが、すべての枝が彼に注目していたわけではなかった。
 一部の枝が、死角となる根元に侵入しようとする俺たちを叩き落とそうとする。
 ボックスが叫ぶなか、俺は懸命に飛行コースを変更、この攻撃をかわすことに成功した。
「ボックス、下ろすぞ!」
「おう!」
 その直後、俺は自分の翼を広げて制動をかけ、ボックスを根元目がけて落下させる。
「ボックス!」
「気にすんな!」
 予定よりも高さがあり、根元からも少し距離があった。
 それでもボックスは、着地した時の勢いを利用して根元に潜り込むことに成功。
 俺は地面に叩きつけられないよう、素早く上空への退避を行う。
「くっ!」
 俺を狙った枝が腕を掠って打撲したようだが、このくらいならば問題ない。
 それよりも、ボックスの方だ。
 彼は、地面に着地した時のショックで腕や肩を負傷したようだ。
 それでも、怪我を庇うことなくバトルアックスを構えた。
「いくぞ! リミッター解除! パワーショット!」 
 その直後、ボックスが持つバトルアックスについている魔導器が唸りをあげた。
 シャドウツリーの足元から突風が吹き上げ、枝に着火した炎がすべて消えてしまうほどだ。
 膨大な推力を得たバトルアックスが無秩序な暴走を始めようとしたが、ボックスは全力でその軌道を維持。
 彼による渾身の一撃は、シャドウツリーの太い幹を一刀両断にした……はず。
「成功したのか?」
「ボックスさん!」
 バトルアックスを予定の軌道で横薙ぎさせたボックスは、そのまま勢いがなくならないバトルアックスと共に、十メートルほど先に吹き飛ばされてしまった。
 その時再び地面に叩きつけられ、また負傷箇所を増やしてしまったようだ。
 打ち所が悪かったようで、ボックスはそのまま動けなくなってしまう。
「ボックス!」
「パワーショットは成功したが、動けない」
「今すぐ助ける「ライルさん!」」
 突然グレイ君が叫んだ。
 ボックスのパワーショットが成功し、巨大なシャドウツリーは根元から一刀両断されたが、そのままボックスが倒れている場所へと倒れようとしていたからだ。
 このままでは、ボックスが倒れた木に押し潰されてしまう。
「クソ! 間に合えぇ―――!」
 俺は全力でボックスが倒れている場所へと飛び、倒れている彼を動かそうとした。
 ところが、今の負傷して倒れているボックスはとても重かった。
 どうにかシャドウツリーが倒れる位置から逃れようと、彼を引っ張り始める。
「こういう時に、力がないのは辛いな」
「ライル、俺はいい」
「急に殊勝なことを言うな。気味が悪いわ。貸し一つだぞ」
「バカな奴だな」
「ああそうだ! 俺はお前がいる現場でなければ鳶はやりたくないからな!」
 間に合うかはわからない。
 それでも一蓮托生だと、俺はボックスを引っ張り続けた。
 そして頭上に倒れてくる巨木が迫ってくる。
「ボックスさん! ライルさん!」
 心配そうに叫ぶグレイ君の声が聞こえたということは、どうやら巨木の下敷きにならないで済んだようだな。
 すぐ目の前に巨木の幹が迫り、ギリギリ押し潰されるのを回避できたようだ。
「はあ……生きてるな」
「そうだな。バトルアックスは木の下だが……」
「魔導器は諦めるしかないな。絶対にペチャンコだ」
 バトルアックスの方は業物だ。
 この程度で壊れるはずがない。
「ギリギリだったな」
「本当だ。グレイがいてよかった……「危ない!」」
 再びグレイ君の叫び声が聞こえ、同時に頭上にあった巨木の枝が炎上し始めた。
 どうやらまだ生きていた枝があり、俺たちを薙ぎ払おうとしたところをグレイ君が助けてくれたようだ。
「グレイの奴、やるじゃないか」
「いい冒険者になりそうだな」
 かなり危うい場面もあったが、こうして俺たちは無事に巨大なシャドウツリーの掃除スイープを成功させたのであった。




「ボックスさん、お見舞いに来ました」
「おう! 悪いな。グレイ」
 巨大なシャドウツリーの掃除スイープ成功から三日後、ボックスの家にお見舞いを持ったグレイ君が姿を見せた。
「若いのに気が利くじゃねえか」
「ボックスさん、怪我は大丈夫ですか?」
「ああ、念のために静養中ってやつだ」
 ボックスの怪我は骨に異常などはなく、全身の軽い打撲と捻挫、強い勢いで地面に叩きつけられ、そのせいで暫く動けなかっただけであった。
 すぐに治療薬で回復したが、念のために数日間の安静を命じられただけだ。
「こんにちは、グレイ君」
「先日はお世話になりました。カエラさん」
 グレイ君にお茶を持ってきたカエラが挨拶をし、彼もそれに応えた。
「グレイ君からも言ってやって。ボックスが無茶するのはいつものこととして、ライルが抑え役をしないといけないのに……」
「そうですね……」
 確かに俺にも悪い部分があるが、元はといえばボックスがあの作戦に一番積極的だった。
 グレイ君もその点を言いたかったのであろうが、それをボックスが好きなカエラに言ってもなと思う。
「ボックスさんにはあの巨木が手に入りましたし、これで無茶はしないはずですよ」
 俺たちが苦労して討伐したあの巨木は、無事にボックスと俺の物になった。
 今は乾燥させるために、材木置き場に置かれている。
 物凄い大木のため、早速それで邸宅を建てたいと申し出る金持ちなどがいたが、今のところは使用目的を決めていない。
 だが、いつかこの巨木を使って歴史に名を残す建物を作ってやるのだ。
「もう二度と、あれほどの大木がシャドウツリーにはならないはずです」
「もしなっても、討伐方法は確立されたからな」
「アホ! あんな危険な作戦、二度と御免だ」
「そうだよ。私、心配したのよ」
 カエラはボックスが負傷したと聞いて、心から心配した。
 この三日間も、ずっとボックスの世話をしていたのだから。
「冒険者をするのは仕方がないにしても、もう二度とこんな危険なことはしないで」
「おっおう……」
 初めてであろう、カエラが涙を見せたので、さすがのボックスも動揺したようだ。
「約束して」
「おう、これからは危険なことは避けるからよ」
「本当に?」
「当たり前じゃないか。カエラの願いだからな」
「えっ! それって……」
 遂に、鈍ちんのボックスがカエラに好きだと告白をするのか?
 俺と、グレイ君も興味深そうに成り行きを見守る。
「俺とカエラは幼馴染だからな。幼馴染の言うことは聞かないと」
「……グレイ君。ごゆっくり」
 ここでも鈍さを遺憾いかんなく発揮したボックスに対し、カエラは肩を落としながら台所に戻っていく。
「あれ? 俺なにかカエラの機嫌が悪くなるようなことを言ったかな?」
 案の定、ボックスはなにもわかっていなかった。
「(ライルさん、ボックスさんって色々と酷いですね)」
「(いつものことだが、さすがに今日は駄目だろう)」
 グレイ君と共に、ただ俺も呆れるばかりであった。
 そしてなによりも理不尽だと思ったのは、こんなボックスには好かれている女性がいて、俺にはまだ恋人がいないことだ。

 ああ、どこかに綺麗でスタイルのいいお姉さんはいないだろうか?
 鳶は収入がいいんだけどなぁ……。

ヒストリア=ガーデントップへ