『現実主義勇者の王国再建記』×『八城くんのおひとり様講座』
コラボ短編小説「ソーマと君主論」

「そういえばソーマがよく引用する本があるわよね?」
 政務の間の休憩時間にお茶を飲んでいると、リーシアがそう切り出した。
「なんだっけ? まきゃべっり? とかいう政治思想家の」
「ああ。『君主論』のことか」
「そうそれ。君主たるものどう振る舞うべきかが書かれた本……だっけ? 随分詳しいみたいだけど、そんなに読み込んでたの?」
「結構興味深い内容だったからね。一時期結構読み漁ってたんだ」
 俺がそう答えると、リーシアは「う~ん、でも」と首を傾げた。
「向こうの世界に居たときの話でしょ? そのときは王様でも何でもなかったはずなのに、どうして興味を持ったのかなって。王様になる予定もないはずなのに」
「う~ん……まあ、切っ掛けは人に教えられたから、なんだけど」
「人? お祖父様とか?」
「あーいや、学校の図書室に居た図書委員なんだけどね……」
 俺はそのときのことをリーシアに話すことにした。

 ◇ ◇ ◇

 あれは俺がまだ高校一年生だったころのことだ。
 当時歴史小説を読むのにハマっていた俺は、一週間に一度くらいのペースで図書室に足を運んでは、歴史小説を借りていくというのを繰り返していた。
 担当の先生の趣味だったのか、図書室の本棚の一角には歴史のIFを扱った小説のシリーズがズラっと並んでいた。『もし石田三成が百万石の大名になっていたら』とか『武田勝頼が長篠の戦いで勝っていたら』とか『日本海軍が戦艦ではなく空母を増産し、ミッドウェーで勝てていたら』とかそういった小説だ。史実をベースにした歴史小説も好きだけど、こういった歴史のIF小説を読むのも結構好きだった。
 俺はその日もまた何冊か借りて、図書委員のいる司書カウンターに持っていった。
「貸し出しをお願い」
「あいよ」
 受け取った図書委員……たしか名前は八城くんだったかな。同じ一年生で違うクラスだけど、昼休みにはいつも図書室に居るので憶えていた。友達というわけではないけど、いつも二言三言話す。八城くんは手早く処理を済ませると本を差し出してきた。
「電書が主流のこのご時世に図書室利用するヤツも珍しいな」
「まあ自分で買うと高いからね」
 俺は苦笑しながら本を受け取った。
「そういう八城くんたちだって本を読んでるじゃん」
「そりゃあ好きだから図書委員やってるわけだし」
 八城くんはそう言って肩をすくめて見せた。
「そういう相馬はいつも歴史物ばかり借りてくよね。好きなの?」
「うん。同じ時代や事件を扱った小説でも、作者やクローズアップされる登場人物が違えばまったく別の物語になるからね。そういうのが面白いんだ。どうしてこんなに様々な解釈が成り立つのかなぁって」
「ふ~ん……んっ?」
 すると八城くんはスッと横から差し出された文庫サイズの本を受け取った。
「ん? 『君主論』? 本編部分と解説部分の頁数?」
 八城くんはパラパラとめくって確認した。
「……ああ、そういうことか」
「ん? どういうこと?」
「この岩波文庫版の『君主論』な。頁が振られている分だけで387頁あるんだよ。でもマキャベッリの『君主論』を翻訳した部分は198頁までしかないわけ」
「大体半分? 残りの部分は?」
「各用語の解説とかだな。ほら、日本人なら織田信長って名前を出すだけでも、なんとなくなにやった人かわかるだろう? それと同じでマキャベッリが引用した人物や事件は、当時の人たちからすれば共通認識でわざわざ解説を挟む必要が無かったってこと」
 なるほど。そういうことか。でも、なんでいまそんな話を?
 そう思っていると、八城くんは苦笑した。
「当時の人たちにとっては共通認識でも後世の人には注釈をつけないと理解できない。歴史って言うのはそういうものだってことなんだろう。だからこそいろんな解釈が生まれてしまう。何が真実かは読み手の受け取り方次第ってことなんだろうね」
「ああ、そういう話か」
 だからこそ様々な物語が生まれると。なるほどね。そう言えば祖父ちゃんの本棚にも君主論があった気がする。今度読んでみようかな。

 ◇ ◇ ◇

「……とまあそんなことがあったんだ。思えばアレが切っ掛けかな」
「へぇ~、その男の子に教えてもらった本なのね」
 リーシアがふむふむと頷いた。ん?
「いや、本を教えてくれたのは女の子だけど?」
「ん? 八城くんって女の子なの?」
「いや、八城くんは男子だけど」
「「 んん? 」」
 揃って首を傾げる俺たち。なにか話が噛み合っていないような。
 あとで話し合って勘違いに気づき、二人して笑ってしまった。
 
初出:アニメイト オーバーラップ8周年フェア特典「書き下ろしSS&コミック描き下ろしイラスト入り8P小冊子」より

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