奇襲

「ほああぁ……!」
 我ながらヘンテコな声、ていうか吐息が漏れる。感動が強すぎて言葉にならない。なんだかわかんないけど眩しい気持ちで一杯だ!
 アッシュ君が、アッシュ君が――おニューの服を着てるっ! 超レア! しかも似合う、重い色の騎士服っぽいコートが超似合う! カッコイイアッシュ君だ! んんんっ、見る幸せ!
 クイドさんが、ニコニコ笑顔でアッシュ君に服の説明している。あたしも集中して聞かねば!
「いかがでしょう? アッシュ君は文官と武官の兼務ということですから、コートのデザインを騎士服と並んでも違和感のないものにして、それを脱げば文官らしいフォーマルさのベストとパンツスタイルにしました。つまりコートの着脱だけで、文官と武官のスイッチができる仕立てですね」
 このように――とクイドさんがアッシュ君のコートを脱がせると、白い襟シャツにブラウンのベスト姿のアッシュ君になる。
 きゃー! コートがあると騎士っぽくて凛々しいけど、コートを脱ぐと落ち着いた紳士っぽい! あの格好でお茶を飲んでると絶対に様になる! お茶会! 後でお茶会しよう!
「お気に召して頂けましたでしょうか」
「召す! お気に召すよ、クイドさん! マイカは大変お気に召しました!」
 思わずアッシュ君を差し置いて答えてしまう。両手の拳を握りしめ、力一杯の声で大満足を訴えたら、クイドさんも嬉しそうに頷いてくれる。  ただ、アッシュ君だけは、いつもの微笑にちょっぴり苦みを混ぜて、困っているみたいだった。
「ええと、お二人とも……当の本人は非常に困っているのですが?」
「おや、寸法やデザインに問題がありましたか?」
 クイドさんが真顔で――ちょっとわざとらしいので、あれはからかっているみたい――服を着たアッシュ君を眺める。
「いえ、着心地はぴったりで問題ないですし、デザインもこれからのお仕事を考えれば良い選択だとは思います。……まあ、背中の不死鳥マークはなしでお願いしたいのですが」
 それを外すなんてとんでもない! 思わず叫んだ声は、クイドさんと重なっていた。
「絶対あった方が良いよ! 誰が見てもアッシュ君だって一目でわかるから!」
「それに抵抗があるのですが……」
「奥ゆかしいアッシュ君は立派だと思うけど、これはサキュラ辺境伯家としての方針なのです」
 渋るアッシュ君に、ダメ~と両手でバッテンを示す。
 アッシュ君は自分がすごいことしても全然自慢しないんだから、パッと見てアッシュ君だってわかるのは必要なんだよ。すごいことしてるのがアッシュ君だって誰が見てもわかるからね。
 あと、見目もよくて礼儀正しいってことがわかれば、どこかの誰かさん達が変な噂を流しても無駄になるもんね。評判や名声は日々の積み重ねなんだから、なにかあった時のために積み立てておかないと。いざ必要になってからじゃ遅いんだよ、アッシュ君?
「マイカ様の言う通りです。当商会としてもアッシュさんがそれを着ていると宣伝効果が非常に高く、商品の売れ行きに関わります!」
「むぅ、宣伝用ですか……クイド商会からの寄付金にはお世話になっていますから、そう言われると断れないのですが」
「ええ、お願いですから断らないでください」
 渋々とアッシュ君が不死鳥マークを受け入れてくれる。あたしとクイドさんは、目的達成を祝してにやりと笑う。
「それで……一番の問題は、私、服の仕立てなんていつの間にお願いしましたっけ?」
 答えは簡単、アッシュ君は仕立ての注文なんて出していません。
「あたしが出しました! 叔父上の名前とお金で、あたしの仕立てと一緒に!」
「はい。めでたく軍子会を修了し、新設部署のトップとなられるお二人に相応しい衣装をということで、ご注文を頂きました。当商会としましても、大変お世話になっているお二方の門出を祝して、全力で当たった次第です」
 だから! あたしがこうやって完成直後の試着を見るのは当然の権利なの!
 あたしが胸を張って謎の全能感を味わっていると、アッシュ君が仕方ないなぁって笑い方になった。えへへ、はしゃぎすぎちゃってごめんね。
「そういうことでしたら、ありがたく。正直に言いますと、いきなり立場が上がったので、なにを着たら良いか迷ってはいたのです。お金もまあ、あんまりないので……助かりました。ありがとうございます」
 厳密には、自分の物を買うお金がない、でしょ? アッシュ君、結構報奨金とかももらってるのに、あっという間に本とご飯と、人のために使っちゃうんだから。ベルゴさん達、生活用品が新調されて喜んでたよ。
 だから、今回のサプライズプレゼントは、あたしと叔父上から、仲間を大切にするアッシュ君へのご褒美なの。
「それから、クイドさん」
「はい、なんでしょう」
 流石はアッシュ君、ちゃんとクイドさんにもお礼を言うんだ。礼儀正しいなぁ。
 なんて思っていたら、アッシュ君の柔らかい笑みがあたしを見つめる。な、なに? ええと、アッシュ君にじろじろ見られるのは恥ずかしいなぁ……嫌じゃないけど? 嫌じゃないよ?
「マイカさんの服も、素敵な仕上がりですね。マイカさんらしく華があって、でも今までの可愛らしさよりずっと大人らしく、綺麗に見えます。マイカさんの新しい魅力が引き立ちますね」
 ふえぁ――!?
 あ、うぁ、えぅ……い、いきなり、不意打ちは、卑怯だと思うの……。アッシュ君も、正式な武官になるんだし……き、騎士道、守ろ?