『姫の覇道が止まらない! 〜転生紋章官ジュナンのままならない日常〜』第1巻好評発売記念SS「約束は果たされた」

 ユナト領の内陸部、国境の山々の隙間に点在する小さな集落のひとつ。
 それがリンネン村だった。
 俺とメステスの故郷でもある。

「なんともひなびた村よの……」
 姫が呆れたような顔をしながら、次第に近づいてくる寒村を見つめていた。
 その前後には完全武装の兵士が総勢四十人。ルマンデ城警備のために預かった兵の一部だ。
 護衛の兵卒を指揮するカナティエが懐かしそうに目を細める。
「シドール領もこんな感じですよ、姫様。よくある田舎ですね」
 俺とメステスはというと、立ち並ぶ家々を見回していた。
「俺たちが村を出てから、いっそうさびれた気がするな」
「ここじゃ生計を立てるのが難しいからね。耕す畑も足りないし、働き口がある訳でもないし」
 だから若者の多くが村を出ていく。俺もメステスもそうだ。
 一行が村に到着する頃には、大勢の村人たちが家々から飛び出して不安そうな顔でこちらを見ていた。落ち武者狩り用の槍や剣を携えている者が多い。
 すかさず姫が声を張り上げる。
「出迎え御苦労! 私はユナト王国第一王女、フィオレ・シュテンファーレンである!」
 たちまちざわめきが広がる。
「ユナトの姫様?」
「本物か?」
「見たことねえんだからわからんよ」
 そりゃそうだ。なんか、前にもこんな会話を聞いたような……。
 すると村長が慌てて飛び出してくる。
「こりゃ、お前たち! 無礼は慎まんか! 昨日、代官様から通達があったであろうに!」
 よかった、ちゃんと話が通ってた。
「本物?」
「本物だってさ」
「えらいこっちゃ」
 村人たちが慌てて武器を放り出し、その場に平伏する。
 村長でも頭が上がらない代官が仕えているのが領主で、その領主が忠誠を誓っているのが王室だ。もはや神話の存在と言ってもいい。
「よく見りゃ立派な神官様とお役人様もおるぞ」
「うへえ、こりゃどえらいこっちゃ」
 もしかしてメステスと俺のこと? 残りはカナティエと兵士たちだもんな。
 姫も拍子抜けしたようで、俺たちにこしょこしょとささやいてくる。
「どうする? こやつら、おぬしたちに気づいておらぬようだぞ」
「なんで気づかないんでしょうね……」
「そりゃ僕やジュナンがこんな格好で里帰りするなんて想像もできないんだろう。田舎者だからね」
 一言多いんだよお前は。いつもいつも。
 俺は馬を進ませ、村長の前に進み出る。
「村長」
「へ、へい。なんでございましょう……?」
 怯えたように頭を下げる村長。俺が村にいた頃は何かと世話になった老人なので、俺は恩はあっても恨みはない。
 俺は下馬して村長に声をかける。
「村長、俺だよ。ジュナンだよ」
「へっ!?」
 慌てて顔を上げた村長が、俺の顔をまじまじと見つめる。
 それから驚いた表情を浮かべ、そして顔をくしゃくしゃにして笑った。
「おお、おお!? ジュナン!? ジュナンか! あの神童の! そうか、正式に徴税官になったんだな!」
「違う違う、紋章官だよ。王室紋章官」
「もん……何じゃそれは?」
 首を傾げている村長に俺は笑いかけ、肩をバンバン叩く。
「何でもいいさ。とにかく貴族になったんだ」
「貴族に!?」
 さっきからこの人、びっくりしてばっかりだな。無理もないか。
 すると馬上からメステスが冷たく言う。
「こちらに御座す方をどなたと心得る。フィオレ王女殿下付の王室紋章官、ジュナン・エンド卿であるぞ。者ども、頭が高い」
「ははぁ~っ!」
 みんな平服しちゃった。メステス、お前は何がしたいんだよ。
 俺は村長を引っ張り上げて起こしながら、メステスを指差す。
「よく見てくれ、あっちはメステスだよ」
「んぁ!? 本当だ!? あのクソ生意気な面がますますクソ生意気になっとる!」
 そうかも。
 するとメステスがますます冷たく言う。
「クソ生意気で悪かったね。でも僕が正神官の服を着た程度で、誰だかわからなくなるボンクラに言われたくはないよ」
 しょうがないだろ、平民ってのはそういうもんなんだから。とにかく権威に弱い。
「ジュナン、これでわかっただろう? 結局こいつらは僕たちの本質なんか何も見ちゃいないのさ」
「まあそう言うなよ。みんな怖がってるだろ」
 完全武装の兵士たちが整列しているので、村人たちの怯え方が尋常ではない。こちらの世界では、自国の軍隊であっても決して安全とは言えないからだ。支配者の気分ひとつで平気で民衆に槍を向けてくる。
「おーい、おぬしら。私を差し置いて勝手に旧交を温めるでないぞ。これは私の訪問であることを忘れるな」
 馬上で姫が退屈そうな顔をしていた。村が懐かしすぎて姫のことを忘れていた。
「失礼しました、姫」
「ところでジュナンよ、おぬしの家族はおらんのか? 挨拶をと思ったのだが」
「あー……そういえばまだ言ってませんでしたね」
 俺は苦笑する。
「俺は祖父母に育てられたんですが、三年ほど前に相次いで亡くなりました」
 カナティエが驚いた表情で俺に尋ねてくる。
「そうなのですか……。あの失礼ですが、御両親は?」
「父は出稼ぎ先で事故死しました。俺がまだ赤ん坊の頃ですね。まだ若かった母は生活のために再婚することになり、遠方に嫁いでそれっきりです」
 母がこの村で生活したのは二年足らずだ。会ったことはないし手紙も来ない。
 現代人の感覚だとだいぶ薄情だが、再婚相手への遠慮や義理もあるだろうから責める気にはなれない。この世界で夫を亡くした女性が生きていくのは大変だ。
 姫も同情する視線で俺を見つめてくる。
「おぬし、地味に苦労しておるな」
「メステスほどじゃないですよ。彼の家は流行り病で一家全滅ですから」
 メステスだけ生き残れたのは、俺の忠告で自己隔離を徹底したからだろう。結局何の病気なのかはわからずじまいだ。
 姫はうなずき、コホンと咳払いをする。
「では後ほど墓参するとしよう。とりあえず茶でも出して私をもてなすがよい」
 するとメステスがそっけなく応える。
「リンネン村で『茶』といえば野草や種の煮汁ですけど、それでいいんですか?」
 ドクダミ茶やハブ茶のことをそんな呼び方するな。俺は好きだぞ。
 姫は逆に興味がありそうな顔をしている。
「別に何でも構わんぞ。そうだ、ついでに落ち武者狩りの甲冑とやらを拝んでみるか」
「いいですね。どこの貴族の甲冑か、俺も気になってたんです。持ってきた紋章図録で調べてみますよ」
 とたんにギクリとした表情になる村長。
「い、いえ落ち武者狩りなどでは決して……あれは騎士様をお助けしたときに拝領した甲冑でして」
「やかましいわ。さっさと見せよ。私は気が短いぞ?」
 姫が悪戯っ子みたいな笑みを浮かべている後ろで、メステスがメチャクチャ楽しそうに笑っていた。あんな邪悪な笑顔は初めて見た。

 俺はこの日、村人たちから「今日はお前がいてくれて本当に良かった。生きた心地がせんかった」と感謝されることになる。
「ああジュナン、今日は凄く楽しかったね! たまには帰省も悪くないかな」
「お前は二度と帰ってくるなってさ」