「暑い」
「解ったからそれを言うな」
学友であるドレクスラーの発言にヴェルナーがうんざりしたように応じる。同じく学友であるマゼルは苦笑いだ。
暑いのは無理もないかもしれない。気候で言えばまだ寒い時期であるのだが、季節外れの気温上昇になった上に、外を駆け回るような事をしているのだ。学生にとっては割のいいバイトのはずなのだが、念のために厚着をしてきたあげくに天気が味方しなかったことは仕方がない。
マゼルが苦笑いの表情を浮かべたまま口を開く。
「でも本当に広いね」
「まあ兵士の訓練も兼ねている一面はあるからな」
ヴェルナーがそう応じながら視線を動かすと、まだ武器を持ちなれていないような兵士たちが走り出している。それを見たドレクスラーが口を開いた。
「あっ、向こうに出たのか。俺たちも行くか」
「行ったって手遅れだろう。この辺に出る魔物じゃたいして強くもないしな」
ヴェルナーたちが従事しているのは猟場の保全任務である。ヴェルナーですら最初に知った時には驚いたこの世界独自の行事だ。
ヴェルナーの前世中世、狩りは支配者階級の実益を兼ねた趣味であり、儀式でもあった。日本でも
それに対し、この世界では、これらの狩りは少なくとも趣味では行われない。理由はある意味単純で、犬や鷹では逆に魔物に狩られてしまうためだ。時間をかけて躾をして狩りに使えるようになった動物が、どこからともなく出現する魔物と遭遇したら逆に殺されてしまうのである。これではわりが合わない。
一方で儀式としての狩りという思想はある。王族が狩りを行い、獲物の種類によってその年の作物の実りを占う儀式だ。この獲物は神にささげる供物ともなるので重要な儀式なのだが、そのような場所に魔物を出没させるわけにもいかない。そのため、狩りをするための猟場を整備する必要があるのだ。
ただその規模が楽ではない。魔物除けの結界を実に四キロ四方にわたって設置し、外から魔物が入り込まないようにしてから、猟場内部に魔物がいないかどうかを確認する。だが、猟場の広さは新兵の教練に使ってもまだ広い。そのため、戦闘のできる学生も日当が出る形で動員されることになる。魔物がいたら駆除するのも役目だ。
それが済んでから、今度は野生動物を結界内にわざわざ追い込む。何となくヴェルナーは釣り堀の養殖池を想像してしまったが、狩りで獲物が得られないと供物がなくなるのでやむを得ない所もあるのだろう。それに四キロ四方の面積ともなれば、少々の獣を追い込んだところで発見することさえ困難な広さである。
これら魔物駆除や獣の追い込みに携わるのは制度的には強制ではないが、騎士や貴族の子弟にとっては強制に近いのも事実だ。少なくとも大臣子息のヴェルナーには断るという選択肢は最初からない。そこでこの際だから実戦訓練にもなるだろう、とマゼルにも参加を促し引っ張り出したのである。
「何もない方が楽でいいと思うんだがなあ」
「魔物を狩れば報酬に色が付くからな」
ヴェルナーのつぶやきにドレクスラーが周囲を見回しながらそう口にし、ヴェルナーが今度は肩をすくめる。一方のマゼルは慎重に周囲を見回した。
「そうだね。それに、魔物が人を襲うようなことがあったらいけないし。僕らがやらないと」
この真面目君が、とヴェルナーが天を仰ぐ。連れ出したことを微妙に後悔し始めたヴェルナーの悪い予想は的中し、この後で猟場の中にある林の中を入念に駆けまわる事になった。
翌日の朝食の場で「大変よく眠れました」とはヴェルナーが両親に語った言葉である。
魔王復活以前のある日の一幕であった。