前世のクラウディアは、偉大なる魔女として弟子たちを抱え、十八歳ながらに多くの面倒を見て来た。
幼いものや小さいものは、特別に可愛がらなくてはと考えている。それは魂の問題なので、たとえいまのクラウディアが六歳の幼い少女でも変わらない。
だからこそ、まだ九歳である従僕のノアに対しては、十分な環境を提示する所存なのだ。
「さあ、ここがノアのお部屋よ」
「……」
塔の一室に案内すると、ノアは黒曜石のような瞳で辺りを見渡した。
白い石壁に、同じ石の床だ。それなりに広くて日当たりがいいのだが、ノアにはそれが不満らしく、幼いながらに整った顔を顰めている。
「従僕にこの部屋をあてがうのは、いささかやりすぎなのでは」
「あら、おまえはわたしの従僕なのよ? せまくて暗いお部屋ですごさせるなんて、ありえないでしょう」
そう言うと、生意気にも溜め息をついてみせる。だが、クラウディアは構わないことにした。
「まずはじゅうたんね。なにいろがいい?」
「石床で十分です」
「では、おちついた青にしましょう。おまえがこの部屋にかえってきたとき、こころから休まることができますように」
そんな祈りを込めながら、魔法を使った。ぽんっと溢れた煙が消えると、上等な絨毯が出現している。
「つぎは机ね。どうしたい?」
「その辺りの木箱で十分です」
「おべんきょうもするのだからひろい机がいいわ、樫の木にしましょう。それとクローゼットは……」
「そんなものは。入れる服も少ないので適当に――」
「防虫や防湿のしっかりした、おおきいのがいいわ! 中にたくさんお洋服をいれておくから、ノアは好きなものをえらんで着るのよ?」
「…………」
「それから次に……」
その調子でノアと話して行きながら、魔法でぽんぽんと家具を生み出してゆく。無から有を生み出す魔法は高度だが、クラウディアにかかればなんてことはない。
空っぽの部屋は、上品で落ち着いた家具の揃えられた一室に生まれ変わる。この部屋の有り様に、ノアは顔を顰めた。
「……もはや従僕の部屋というよりも、一国の王子が使う部屋では?」
「問題ないわ。 わたしの従僕が、これから日々をすごしてゆくお部屋だもの」
本当はもっと贅沢に仕立て上げたいのだが、ノアが嫌がりそうなのでやめておく。クラウディアは最後に、一番肝心なものについて尋ねた。
「寝台はどのようなものがいい?」
これについても、必要最低限のものを要求されるのだろう。そう考えていたのだが、ノアはぽつりと口にした。
「……では、成人が使うような大きなものを」
「!」
意外な注文に目を丸くする。
ノアは少しだけばつが悪そうに、どこか拗ねたような口ぶりで言った。
「そのサイズが必要なくらいの背丈に、一刻も早く成長してみせます。……魔法も上達して、自分の使うものくらいは自分で揃えられるように。ゆくゆくは、姫さまにとって必要なものを、俺がなんだって生み出せるように」
クラウディアを見たノアの瞳には、幼い少年とは思えない意思が宿っている。
「いずれはあなたにいただいたものを、すべてお返し出来るようになってみせる」
「――……」
それは、誓いの言葉だ。
クラウディアはそれを受け止めて、くすっと笑った。
「おおきくて、ふかふかの寝台にしましょうね。それを作ったら、ここでおひるねするの」
「……俺の寝台なのに、まずあなたがお使いになるんですか」
「ふふ。不満?」
「いいえ」
ノアは笑って目を伏せると、クラウディアに一礼してみせる。
「俺はあなたの従僕ですから。――この部屋で、お望み通りにお過ごしください」
満点の答えに微笑んだクラウディアは、その頭をよしよしと撫でてやるのだった。