次にくるライトノベル大賞2023受賞記念SS【国の祝い、個人の祝い】

 ゲーム世界らしいというべきだろうか。この世界には誕生日という概念があり、ついでに様々なお祝いの日もある。建国記念日とかそういう奴だな。
 とはいっても中世風世界なので、国民の休日という訳でもない。言ってしまえば国王陛下のありがたいご好意を国民に広げていただく日、という感じだ。
「とは言えそこにも格差があるのは避けられないのであった」
「身も蓋もないよ」
 学園の学食で初代国王の即位日祝いとして学生全員に振る舞われるケーキを食いながらそう呟くと、マゼルから苦笑交じりに突っ込まれてしまった。国の機関である学園だから無料という意味なので嘘を言ったつもりはないが、確かに身も蓋もなかったかもしれない。
 ちなみに今食っているケーキは種類で言えば焼き菓子で、クッキーというほど硬くないがスポンジ系の物ほど柔らかくもない。マフィンとクッキーの中間みたいな焼き菓子、というのが正確だろうか。上にかけてある蜂蜜が贅沢といえば贅沢である。初代国王陛下が好んで食べていたらしいが、甘党だったのかもしれない。
「予想したより素朴な感じだね。王様だからもっとこう、砂糖が一杯かかっているのかなとか想像してた」
「初代国王の頃だとあまり贅沢はできなかったからだろうな」
 乱世の傷も癒えていない頃だしなあ。徳川家康が征夷大将軍になっても麦飯を食っていたようなものかもしれない。もっとも、現在の王陛下も王族と呼ばれるのに相応しい生活を送っているのは事実だが、贅沢すぎるというほどではないんで、我が国は真っ当な方だろう。
 ちなみにヴァイン王国の場合、国王陛下の誕生日には普段よりちょっと高級な肉が、王太子殿下の誕生日には珍しい果実が学生と各貴族家に振る舞われる。年によっては魔物肉だったり、植物系魔物の果実部分だったりするのがこの世界だなと思う。そうやって国として祝う日を国民の胃袋に刻み込んでいくわけだ。統治の一環と言えるのかもしれない。
「そういう砂糖だらけの菓子とか食ってみたかったのか?」
「うーん。何となくだけど口に合わないんじゃないかなと思う」
 軽い気持ちで聞いたらそう返された。確かに、この世界の菓子の甘い奴はとことんまでダダ甘なのでそうなる可能性は高い。香辛料もそうだが、たくさん使うのが贅沢という風潮なのは困るといえば困る。
 今度マゼルに黙って食わせてみたら反応が面白いだろうかと考えたが、イタズラとしてやるにはちょっと金がかかりすぎるな。
「どうかした?」
「何でもない」
 思わず苦笑を浮かべてしまったせいか、マゼルに疑問を持たれてしまったようだ。とりあえずごまかしておく。
 そんなことをしていると見知った顔が入り口から現れたんで手をあげて軽く挨拶。
「おう」
「よぉご両人、昨日ぶりだな」
 学友のドレクスラーがのんびりとした口調でそんなことを言って来る。そう言えば今日は朝からこいつの顔を見てなかったな。
「今日は遅かったな」
「ああ、アルデンホフの兄君に今朝男の子が生まれたらしくてな。皆でからかって……いや、祝っていたところだ」
 アルデンホフというのは騎士科の学友の一人で、ドレクスラーの遠縁らしい。そういえばこの間から近々おじさんになるとかそんなことを言っていたな。
 どうでもいいがドレクスラー、お前本心が隠れていないぞ。
「それはよかった」
「今朝生まれたならきっと優れた騎士になるだろうな」
 心底嬉しそうな表情でそう言ったマゼルの後に俺がそう続ける。めでたい話のは確かだが、相変わらずマゼルは感受性が高いな。
 なお、俺の発言の根拠は建国の日に生まれた子供は健康で勇敢な騎士になる、という言い伝えがあるからだ。ただの縁起担ぎといえば縁起担ぎだが、そう口にするのも野暮というものだろう。
「何か祝いの品でも贈るとするか」
「あ、いいね。僕も一緒に贈るよ」
「そうしてくれると助かるわ」
 俺が小さく呟いた発言にマゼルが同意し、ドレクスラーも感謝してくる。うーん、これは数日中じゃなくて今日中に手配したほうがよさそうだなあ。
「学友の甥あたりに贈るものだからそれほどの物じゃないぞ」
「それでもお祝いはお祝いだと思うんだ」
 相変わらずお人よしだなと思うが、村のような環境では総出で祝うのも普通かもしれない。そのあたりは育ってきた環境の違いというものもあるだろう。貴族同士だとどうしてもしがらみみたいなものがなあ。
 それにしてもどうしようか。伯爵家の嫡子が贈るものが安っぽいのもそれはそれで恥だし、仕方がない。何かよさそうなものを見繕うとするか。
 騎士の家の子なら短剣とかがいいだろう。この世界でも守り刀のような思想があるからちょうどいいかもしれん。購入は俺で、どれにするのかを選んだのがマゼルって事にすれば格好も付くだろうな。
 
……この時、いち騎士であったマルセロ・アルデンホフの生誕記念として勇者マゼル・ハルティングとヴェルナー・ファン・ツェアフェルトが連名で贈った短剣は、その後の歴史の荒波を奇跡的に潜り抜け、“勇者が手に取ったことが確実な短剣”として数百年後に歴史博物館に展示されることになる。
 もしヴェルナーがその事を知ることができれば、もう少しいいものを用意するべきだった、と後悔したかもしれないが、この時点でのヴェルナーがそれを知るはずもない。