間四葉、高校一年生。
今日わたしは、人生で初めての挑戦をする。
ちらっとカレンダーを見ると、もう二月。一年生も残り少しなこの冬に挑戦することといえばただ一つ……！
バレンタインデーのチョコ作りだ！！
今までわたしは家族以外にチョコをあげたことがなかった。色々と、というか全くそういうイベントに縁が無かったからなぁ。
でも今年はちょっと違う。わたしにもちゃんとした友達ができた。いや、わたしにはとても釣り合わないとんでもなく素敵な人達だけど。
せっかくだから、今まではただ死んだ目で、同級生達がわいわいきゃっきゃっとはしゃいでいるのを傍目で見ているだけだったバレンタインを、当事者として楽しんでみたい。
そんな欲望を満たすべく、今年は友チョコ作りをすると決めていたのだ！
「さぁて、どうしよっかなー」
基本的な材料はあらかた買ってきた。アレンジに使えそうなものもお小遣いが許す範囲で用意した。
プレゼントするならどんなのがいいだろう？ 無難にマーブルチョコ？ 手軽につまめるクッキー？ いっそ思い切ってガトーショコラとか？ うーん……悩む。
二人曰く、バレンタインは毎年沢山チョコを貰っているらしい。たぶんファンの人達だと思う。バレンタインは誰が誰にチョコをあげてもいい特別な日らしいし。
「せっかくなら喜んでほしいけど、普通のじゃ絶対埋もれちゃうし……」
でも高級なチョコを使うとか、ふんだんにフルーツを撒き散らすとか、それは予算的に不可能だ。
わたしに用意出来たのは普通の板チョコと、生クリームとか牛乳とかナッツとかバナナとか、そういうやっぱり普通な感じのものばかり。
「うーーーーーーん…………なにかないか、なにかないか……」
「お姉ちゃんが……」
「チョコ作ってる……」
「わっ！？」
キッチンに二つの声！ 桜と葵がいつの間にか覗き込んできていた！
「家族のじゃないわよね。お姉ちゃんが作るの、毎年同じチョコケーキだし」
「うん。毎年同じだから、さっ、ぱぱっ、だし」
「毎年同じでごめんねぇっ！！」
だってみんな喜んでくれるんだもん！ 好きって言ってくれるんだもん！！
変に冒険して、「えー、去年のが良かったなぁー」なんて言われたくないもん！
ええそうですよ！ 今年も毎年同じのチョコケーキを作る予定でしたよ！ そっちの材料はもうお母さんに用意してもらってるので軌道変更無理ですから！！
「で、男なの？」
「へ？」
「お姉ちゃん、不潔……」
「葵ちゃん！？ ち、違うよ！？」
「高校入って色気づいてんだから」
「色気……って、桜ちゃんそんなこと思ってたの！？」
なぜか妹二人からもの凄く冷たい視線を向けられている……！
仮に、わたしが意中の男性にチョコを渡そうと奮闘してたとしても、別に悪いことじゃないはずなのに！
「あ、あのね、桜。葵も。お姉ちゃん別に男の人にチョコあげようってわけじゃないんだよ？」
「じゃあどうしてそんなに悩んでるのよ」
「そーだそーだ！」
「それはその、友達にあげたいからで！ でも、向こうは人気者で、わたしなんかのプレゼントで喜んでもらえるか不安で……」
と、妹相手にもつい弱音を吐いてしまうわたし。
そんなわたしの姿に、普段しっかり者の姉に見慣れた妹達はさぞ驚いているだろう――
「ああ、またお姉ちゃんのネガティブね……」
驚いてない！ 呆れられてる！！
「大丈夫！ ぐじぐじ悩んでるお姉ちゃんのことも、葵大好きだよ！」
「ま、まぁ、アタシも嫌いなんて言ってないし。お姉ちゃんらしくて良いんじゃない」
「葵……桜……」
すごい気遣い……でも元気出る……！
「ありがとう……！ わたしも二人のこと大好きだよぉ！」
「ぐえっ」
「きゃーっ！」
感極まって抱きつくわたしと、急に抱きしめられ苦しそうに嗚咽を漏らす桜、そして嬉しそうに悲鳴を上げる葵……嬉しそう、だよね？
そんな感じでわきあいあいと間家の日常お送りしつつ、しかし確実にタイムリミットは近づいてくるのだった。
◇◇◇
そんなこんなありまして……
「おはよー……って、凄い量のチョコ！？」
結局当日の朝まで準備してしまったため、待ち合わせせずに登校時間ギリギリに学校に着いたのだけれど、もうそのときには二人は紙袋いっぱいのチョコを抱えていた！
「漫画でしか見たことないよ、こんなの！？」
「あはは……毎年こんな感じなんだ」
「一応手作りはＮＧにしてるの。未開封の市販品だけオッケーって」
「アイドルの差し入れみたい！」
百瀬さんも合羽さんも、朝からすっかり疲れた感じに思える。顔にはあまり出さないようにしてるから、なんとなくだけど。
（でも……手作りＮＧかぁ……）
知らなかった。あらかじめ聞いておけば良かったと後悔する。
でも、友チョコをあげるって先に言うのは、なんかお返しを求めてるみたいで嫌だったし、なんか浮かれてる感じがして恥ずかしかったし……
「四葉ちゃん？」
「大丈夫……？」
そんなわたしのちょっとした表情の変化を察してか、二人が心配そうに声をかけてくれる。
「う、ううん。なんでもない！ って、もうホームルーム始まっちゃうし、席行くね！」
わたしは妙に気まずく感じて、とっさに言い訳しつつ二人の前から逃げ出すのだった。
◇◇◇
結局、渡す勇気の出ないまま放課後になってしまった。
朝は紙袋一つだったのが、帰りには三つに増えていて、それを二人は大変そうに抱えていた。
「手作りの断ってもこんなに……」
「まあ、一年に一回だし。甘いものは好きだもの」
「さすがに一日じゃ食べきれないけどね」
二人が手作りチョコを断ってるのは何度も目にした。
相手の人は少し可哀想だったけれど、二人から「ありがとう」と感謝の気持ちを伝えられて、最終的に嬉しそうにしていたのが印象的だった。
もしもわたしが手作りチョコを渡そうとしたら、同じ感じになるんだろうか。
気まずそうに断られて、感謝してもらえて……でも、きっと今のわたしはそれじゃ満足できない。
聖域と称え崇められる二人の友達にわたしがなるなんて、自分でも分不相応だってわかってるし、今でもそう思う。
でも、友達でいたいって気持ちだってある。せっかく作った友チョコなんだ。渡したい。
でもでも、もしも断られたら……二人にとって、わたしはそうなんだって自覚させられるみたいで。
……きっと、喜べない。泣いちゃうかもしれない。今だってもう泣きそうだ。
「四葉ちゃん、おそーい！ あたし達より重いものもってるみたいじゃない！」
「あ、えと」
「ていうか四葉さん、曲がる場所もう過ぎてるよね？ うち来る？」
「あ……うん」
完全に何も考えず、ただ二人についてきてしたっていた。
合羽さんからのありがたいお誘いに頷きつつも、でも、その言葉の意味をはっきり理解できてるわけでもない。
そんなわたしを見て、二人は顔を見合わせて互いに首を傾げる。
ああ、困らせてる。今からでも引き返した方がいいだろうか。いや、でも、このままじゃチョコを渡せないままで――
「四葉ちゃん、一個持って」
「私のもお願いしようかな。ほら、これならちょうど二個ずつでバランスがいい」
「え？ えっ！？」
「じゃあ凛花の家までダーッシュ！！」
「ゆっくりでいいよ。ね、四葉さん？」
「え、ええと……？」
二人からチョコの入った紙袋を一つずつ押し付けられ、わたしはそのまま合羽さんの家まで連れて行かれるのだった。
「それで、四葉ちゃん？ 何かあたし達に隠し事でもしてないかしら？」
「え……！？」
合羽さんの部屋に上がらせてもらってすぐ、遠慮無くぶつけられた百瀬さんの言葉にわたしは自分の体温が何度か下がったように感じた。
「少し、様子が変だなって思ってたんだ。もしも私達がなにかしてしまったなら、謝りたくて」
「い、いや！ 合羽さん達が悪いことなんか何一つないです！」
「じゃあ、なんでそんなこの世の終わりみたいな顔してるのよ」
「そんな顔、してます……？」
「してる」
「してるね」
二人はそう真っ直ぐわたしを見つめてくる。そんな状況にわたしはどうしていいか分からなくて、でも朝みたいに逃げ場もなくて――
「その……実は、わたし……今日、二人に渡そうと思ってチョコを――」
「「えっ！！？」」
思わず肩を跳ねさせてしまうくらい、大きな声だった。
「四葉ちゃんがチョコを！？」
「私達に！？」
「う、うん」
「もしかして……手作り？」
「……うん」
「えー！？ うそっ！ やったぁ！！」
「…………え？」
思いっきりバンザイした百瀬さんの姿に、わたしはつい呆然としてしまう。
「よ、四葉さん！」
「え、合羽さん？」
「本当に、本当に私達にチョコを？ しかも手作りで！？ 嘘じゃないよねっ！？」
「は、はい。でも……」
「食べたい！ すぐ食べたい！ ね、凜花！？」
「うんっ！ 四葉さん、お願いっ！！」
二人のリアクションがあまりに大げさすぎて、わたしは圧倒されてしまう。
でも、欲しいってこと、だよね？ 手作りだけど……いいんだよね？
「それじゃあ……ええと、これなんだけど」
「わあっ！ 可愛い！」
「凄く美味しそうだ……！！」
「トリュフチョコっていうんだけど、つまみやすい方がいいかなって」
「えっ、えっ！ 食べていいの！？ 本当に食べていいの！？」
「も、もちろん」
「うわぁ……嬉しいなぁ……！」
な、なんだか泣き出しそうになってない……！？
いや、泣きそうなのはわたしか……だって、こんなに喜んでもらえるなんて思ってなかったから。
「「いただきますっ！！ ……っ！ 甘くて美味しい！！」」
二人は息ぴったりにトリュフチョコを食べて、息ぴったりに感想を叫んだ。
「本当に美味しいわよ、これっ！！」
「ああ、こんなに美味しいチョコ初めてかも！」
「ねっ！ いくらでも食べられそう！」
「そんなに！？」
なんだか、全然分からないけれど。
手作りのチョコは貰わないって言ってたのに、全然普通に食べちゃってるけど。
（でも……喜んでもらえたならいっか……！！）
二人の喜んでくれる姿を見て、全部どうでもよくなってしまう。
作ってきたチョコはあっという間になくなっちゃって、もっと大事に食べればよかったって残念がってもくれて。
色々ありつつも、わたしの初めての友チョコ大作戦は、みごと大成功で幕を閉じるのだった。
おわり