オーバーラップ文庫4周年記念 弓弦イズル先生書き下ろしSS!IS<インフィニット・ストラトス>その歌声は恋のよう

「ラウラ」
 IS学園、一日の授業が終わり、第三アリーナへ向かおうとしていたラウラを止めたのは、一夏の声だった。
「なんだ? 私はこれから新武装のテストを行う予定だ。用件があるなら手短にな」
 なびく銀髪、あくまで怜悧なまなざし、纏う氷の雰囲気。
 これぞ『ドイツの冷氷』と呼ばれた、ラウラ・ボーデヴィッヒだった。
「週末の予定なんだけど、よかったら喫茶店に行かないか?」
 その言葉に、教室中がざわつく。
『あの一夏が女子をデートに誘った!』
 この事実は瞬く間に学園内の全女子に広まることになるのだが、それよりも速く飛びついたのは――
「もちろんだ!」
『ドイツの冷氷』――とかつては呼ばれた、恋する少女、ラウラ・ボーデヴィッヒだった。

 休日のデート。ラウラは気合いの入った秋物のワンピースコーデで、一夏と並んで歩いていた。
 最近はシャルロットとショッピングにでかける機会も増え、女の子らしい服がそろってきている。
 それがほんの少し自慢げでもあるラウラ。今日選んだのは、とっておきの黒いワンピースに白のカーディガン。モノトーンコーデは、ラウラの銀髪をより華やかに演出していた。
「ここは……」
 ラウラの秘密手帳、『日本漫遊計画』にも記述されていた喫茶店、その名も『馬車坂』だった。
 古くは明治創業にして、現代では店舗ごとに違う制服、メニューなどで、根強いファンがつくほどの店である。
 それでありながら、敷居は低く、週末ともなればファミリー層が気兼ねなく訪れる。
「じゃあ、入ろうか」
「う、うむ」
 一夏の自然なエスコートに従って、ラウラは入店した。……従業員出入り口から。
「……おい」
「ん?」
「なぜ普通に入らない? というより、これは従業員用のだろう!?」
「あ、うん。実は昔のバイト先の店長のいとこの知り合いの頼みで、今日一日仕事を手伝うことになったんだ」
「………………」
 デート、ではなかった。
 という事実も大きかったが、一夏が悪びれもなく言うもので、それもラウラをいらだたせた。
「おまえは! 嫁としての自覚がないのか!」
 素早く足払い、すっころんだ一夏の上にまたがり、首を絞める。
「ぐ、ぐええ……」
「休日に、女を誘う! その理由が、労働力だと!? 貴様というやつは! 貴様というやつは!」
「い、いや、実は期間限定スイーツの試食会もあるらしくて、ラウラが日本の甘いものを好きだって聞いたから……」
 その言葉で、ラウラはぱっと一夏から手を離す。
 自分のことを知っていてくれたのがうれしい。
 そんな、人から見たら一山いくらの理由だろうと、恋する少女にとっては非常に重要なことなのだ。
(ど、どこでそんな情報を……い、いや、それよりも、私のことが知りたいのか? それならば回りくどいことをせずに堂々と……)
 急にもじもじとし出すラウラ。
「そ、それなら……いい」
「おお、そうか! じゃあ早速、働きに行こう!」
 一夏は笑顔で、恥じらうラウラの手を引く。
 ……それから二〇分後。
「い、いらっしゃいませ、馬車坂へようこそ」
 ぎこちない笑顔のラウラ。
 その服は『馬車坂』の制服、紺色袴に紫の矢羽根模様が映える和装。そして銀髪をポニーテールにして、赤いリボンで結んでいる。
 その姿は、和洋折衷というよりも、どこかファンタジーささえ感じさせるものだった。
「に、二名様か。では、こちらの席だな……」
 接客というもっとも不得手とする行動。
 しかし、制服姿を見て一夏が放った一言――『かわいいぞ』にほだされて、ぽわぽわした気持ちでアルバイトにいそしんでいるのだった。
「んん~! ラウラちゃん、最っ高! あ、一夏くんも、和服似合ってるわよ」
 女性店長がきゅんきゅんしながら悦んでいる。
「い、いや、別に無理して俺まで褒めなくていいですよ。っていうか、俺、キッチン担当ですし」
 調理手伝いの一夏は、割烹着を身につけている。
 それはそれで似合っているのだが、店長の言い方ではどう考えてもラウラのおまけであった。
「ああ~、いいわー。ラウラちゃん。馬車坂に舞い降りた銀翼の妖精……永久就職してほしいっ!」
 店長は、ひたすらラウラを褒めている。
 ちなみにラウラの接客は0点なのだが、そこはうまいこと先輩の『お姉様方』がフォローしていた。
「それではこちらのお席にどうぞ」
「ラウラさん、お料理の提供をお願いできる?」
「走っちゃダメよ? 袴は乱さず、髪は翻さずの精神を忘れずに」
 年上からの愛され属性でもあるのだろうか、ラウラは馬車坂の『お姉様方』にえらく気に入られていた。
「う、うむ。その……え、援護、感謝する」
 そのぶっきらぼうな言葉にも、心ときめかせる『お姉様方』。
 そんな普段とはちがう店内の雰囲気に、客である来店者たちもラウラばかりに注目していた。
「はっ!? 月に一回のラウラちゃんデーを置くことで、お店の売り上げがあがるのでは!? しかも、日にちを伏せておけば、毎日の来店数もあがり、私もお店もウハウハに……!?」
 女性店長がそろばんをはじいているのを尻目に、ラウラと『お姉様方』は真摯に働く。
『今日の馬車坂はヤバい!』
 という情報はSNSを通じて瞬く間に広まり、お店には長蛇の列ができた。
 なお、閉店までの間、キッチンが戦場と化したのは言うまでもない。

「それでは、これより次期スイーツの選定試食会をはじめます」
 夜の八時という早めの閉店後、店内では全スタッフがテーブルについていた。
 キッチンリーダーが次々に試作品のスイーツを運び、ラウラと一夏の前に並べていく。
 紫芋のパルフェ、ホットアップルとチーズのタルト、抹茶薫る和風スイーツプレート、そのほかにも見た目あざやかな甘味がずらっとそろった。
 壮観。
 そうとしかいいようのない光景に、まだ馬車坂制服姿のラウラは瞳を輝かせていた。
「こ、これは、食べていいのか!? 食べていいんだな!?」
 一日の労働で疲れた体は甘いものを欲している。
「それぞれ、一品ごとにアンケート記入を忘れないでね。それじゃあみんな、はじめてちょうだい」
 ラウラがスプーンを片手にどのスイーツを最初の一品にしようかと迷う様は、全スタッフを魅了した。
(ここはやはり抹茶……いや! 季節の紫芋も捨てがたい。しかし、ああ! しかし! どうすればいいというのだ!)
 そんな葛藤に、いまだ一歩目を踏み出せずにいるラウラ。
 そんなラウラを隣で眺めながら、一夏はふと思いついた。
「なあ、ラウラ」
「な、なんだ!?」
 突然に声をかけられて、びくっとしながら振り向くラウラ。
 その口に、キウイのソルベを乗せたスプーンが自然に入れられた。
「溶けちゃうものもあるし、食べないと」
「う、うむ……」
 えてして、『はい、あーん』を味わったラウラは、もうスイーツの味などわからなかった。
 食の甘さより恋の甘さ。
 とろけるような快感が、ラウラの全身に広がっていく。
「じゃあ、つぎはタルトな」
「う、うむ!」
 またしても、『はい、あーん』で一夏に食べさせられてしまう。
 ラウラは、紅潮した頬をなるべく見られないようにと、うつむき加減で咀嚼する。
「アンケート、ちゃんと記入できてるか?」
「も、問題ない!」
 そう言い切るラウラだったが、どの用紙にも「おいしい」としか書いていなかった。
 それもそのはず、思い人の一夏が一品一品食べさせてくれるのだ。
 味の細部などわかるはずがないし、どれも極上においしく感じる。
「あらあら♪」
 そんなふたりの仲むつまじいやりとりを、店長はじめ『お姉様方』もキッチン担当一同も、暖かいまなざしで見守った。

 帰り道、一夏は「夜だし、暗いから」という理由で自然とラウラと手をつないで歩いていた。
「………………」
 ラウラは、つながれた手から伝わる一夏のぬくもりに、自然と沈黙してしまう。
「今日は悪かったな。なんか、アルバイトにつきあわせちゃって」
「い、いや! これはこれで……その、うれしかった……ではなく! しゃ、社会勉強になったぞ! うむ!」
 ラウラは精一杯の虚勢を張る。
 その一方で、心臓の鼓動は痛いほど早鐘を打っていた。
「今度はちゃんと出かけような。アルバイトとかナシで」
「え……?」
 一夏の意外な言葉に、ラウラはうつむきがちだった顔をあげる。
「そうだ! 映画でも見に行くか? なんか話題の映画があるらしいぞ」
「う、うむ……お、おまえと出かけられるなら、私は……私は……」
 映画館だろうと戦場だろうと、それが地獄の底であろうと、世界の果てであっても。
「と、ともに行こう、一夏」
 ラウラは恋の決意を秘めて、そっと一夏の手を握り返した。

©Izuru Yumizuru, OVERLAP/Project IS